「僕ら、有刺鉄線を越え」

直近、といっても2〜3年経っているのだけれど、日記のタイトルの引用元を並べてみた。友人や知人の言葉が元になっているタイトルは省いている。尚、今日のタイトルは、THE BACK HORNの『サニー』より。

「嫌なものを嫌と言っていたら、こんな今日に流れ着いた」空っぽの空に潰される / amazarashi
「お料理研からおたまは既に失われた」氷菓 / 米澤穂信
「太陽系を抜け出して、平行線で交わろう」平行線 / さユり
「時効なんてやってこない、奪ったように奪われて」ゴーストルール / DECO*27
「僕のボスなら僕だけだ」ぞうきん / 斧出拓也
「ずっと夢をみて、安心してた」デイドリームビリーバー / ザ・タイマーズ
「おい、どうすんだよ?」「もう、どうだっていいや」ロストワンの号哭 / Neru
「午前3時の交差点*1」夢見る少女じゃいられない / 相川七瀬
「納めましょう妄想税、皆様の暮らしを豊かにするために」妄想税 / DECO*27
「何時に着いたの? お前の住む町」Arrival / とんねるず
「見馴れていた右手、それが掴みかけていた君の心を見失って」Vector / PAMPAS FIELD ASS KICKERS
「いつもの英雄は、今日はどうやら――」THANK U / PAMPAS FIELD ASS KICKERS
「ラジオから春の歌、もうそんな季節ね」桜ロック / CHERRYBLOSSOM
「私が見ているときにしか、月は存在しないのでしょうか?」アインシュタインロマン / NHKスペシャル
「きっと、また好きなる」Angel Beats! / 麻枝准
「いらないと思える以上は何かしら興味があるものさ」ピーチボーイリバーサイド / クール教信者
「朝も昼も夜も風が南へと」BOY MEETS GIRL / trf
「あいつらの鼻歌が耳障りだ」ハミングを鳴らせ / The Homesicks
「幸せな妄想を描いては打ち消して」空気正常 / 越川くん(id:koshikawa
「別に言うほど仲良くはないけど。不意に浮かんだ、地下鉄のホームで」春夏秋冬 / The Homesicks
「僕はスパイになんかなれない」SPY / 槇原敬之
「言葉はまた途切れてく 漂うことができなくて」あましずく / サキムラさん(id:sakimura
「だから今日は記念日だ。戦った僕の記念日だ」空っぽの空に潰される / amazarashi

*1:原詞は時刻が異なる

「嫌なものを嫌と言っていたら、こんな今日に流れ着いた」

今の会社に入ったとき、従業員の数は24人だった。あれから10年経った。今いるのは64人。おおよそ2.5倍に増えた計算となる。

様々な理由で辞めていった人がいる。数日でいなくなったり、俺の出張中に入社して戻った頃には辞めていたり。退職者名簿をみると、半分以上の人の顔を思い出すことができなかった。名簿によれば、俺が入社してから今日まで辞めた人の数は92人。

先日、年に一度の全体会議があった。全国の社員が集まる日は、この日だけである。

勤続10年の表彰をされた。今までは現金が渡されていたが、今年からペリカ支給となった。もちろん、これは比喩である。単位はペリカじゃない。カイジか。どうしてこうなった。社長が仮想通貨の流行に影響を受けた可能性はある。厳密には違うけれど、印刷されたオリジナル紙幣には、一枚一枚社印が押されていた。結構な手間だったはずだ。

うまくいかないことの方が多かった。自他共に認めている。同僚が俺をどのように思っているか、すべてではないけれど、分かっているつもりだ。上司に守られていることも、自覚している。

社長からお祝いの言葉をもらい、一つの区切りがついた気がした。けれど、終わっていない。もう少しだけ、やってみようと思う。まだ終わっていない。もうちょっと、きっと、ここでやりたいことが俺にはあるはずだ。

「お料理研からおたまは既に失われた」

間の休み一日を含む、九日間の北陸出張。社宅のキッチンが使いやすく、自分の部屋にいるときよりも自炊の頻度が高い。一週間はもつだろうと予測して購入した日本酒(加賀鳶の山廃純米、720CC)は三日でなくなった。家で飲むお酒はビールかウィスキーが多いのだが、加賀鳶もおいしかった。次は、同じ銘柄の極寒純米、1800CCを選んだ。一升瓶を持って50メートル道路を横断する俺を、後輩はニヤニヤしながら撮影していた。「左手じゃなくて右手で持つべきだった。そうすれば、左にいる君は写真撮影をしようとは思わなかっただろう」「その時はまわりこむだけです」なるほど。

俺は、ほぼ毎日チャーハンか焼きそばか、もしくはその両方をつくっていたのだけれど、鍋料理に挑戦した日もある。エノキ、白菜、豚のもも肉、豆腐。本当はバラが良かったのだが、売っていなかった。

結論から言うと、土鍋とおたまを駄目にした。鍋は焦げ、おたまの何割かは溶けていた。出張がはじまって二日目か三日目の出来事である。

最後の日、俺は近所のニトリで鍋を買った。たぶん同じ柄。999円。

買ったばかりの鍋を洗っていると、起きてきた後輩が、俺の様子を少しみて「気付いたことを言っていいですか」と言った。「どうぞ」と応える。

「お料理研からはおたまが失われました」

俺の手が止まる。そして、笑った。そうだ、おたまのことを忘れていた。鍋を買って、満足してしまったのだ。

最初の日に「何かおすすめのアニメはありますか?」と後輩に訊かれた俺は「氷菓」と答えている。彼は氷菓をみて、おそらく俺がおたまのことを忘れていることを状況から推測し、俺のミスを指摘するために、アニメに出てくるセリフを引用したのだ。

感心した。

「代わりに買っておきましょうか?」「ありがとう。頼む」「もしもオジキが気付いたら、白状します」「もちろん。構わない」

「太陽系を抜け出して、平行線で交わろう」

さユりって知っていますか?」
後輩の質問に対し、俺は「名前は知っている。初めて知ったのは『乱歩奇譚』のエンディングだと思う」と応えた。「僕は『クズの本懐』で知りました」と、後輩は続けた。
クズの本懐』は、手を出したら危険な気がしていて、みていない。それは『恋と嘘』をみたときと同じようなダメージを食らうのではないかという、おそれにも近い感覚だった。もっとも、今年中にみるかもしれないという予測もある。たぶん、俺はみるのだろう。
後輩は『クズの本懐』の主題歌がさユりの歌う『平行線』であるということを教えてくれた。物語のあらすじも。彼からは、ネタバレを回避しようとしている気遣いが感じられた。
今週は、彼との二人チームである。毎日。移動中は俺が助手席に座り、音楽を掛けていた。そして、彼がリクエストしたわけでもないのに『平行線』を何度も流した。ぼんやりとメロディを追っていたのだけれど、ふと、歌詞が頭の中に入ってくるときがあった。
「太陽系を抜け出して、平行線で交わろう」
「歌っていますね」
「これって、物理学の話だよね?」
「そうなんですか?」
「光が重力で曲がることは証明されている。だったら、宇宙空間においては平行線が交わることもありえるんじゃないか」
「ああ、たしかに」
「凄い歌だね」
「物語に合わせて作られた歌なのかもしれないですね」
「なるほど」

やっぱり、みることになりそうだ。

以前、仲間とカラオケに行ったときに「恋愛の歌、ほとんど歌わないんですね」という指摘を受けたことがある。そうか。そうかもしれない。歌うことじたいが得意ではないのだけれど、そうだ、俺は歌を知らない。
『平行線』のテーマは恋愛である。この認識は、おそらく大筋で間違っていない。けれど、その一部分には物理学の視点も含まれている。もしくは、物理学の視点から恋愛を観測している。たぶん、こじつけではないと思う。歌詞のなかにある「太陽系の常識」は、一般的な物理法則と解釈することも可能である。良い歌なので、知らない方は是非、聴いてみてほしい。みんな知っているか……。いや、知らない人だっているかもしれない。おすすめである。

「ちょっと息継ぎが気になりますね」
後輩の感想をきいてからというもの、俺もさユりの息継ぎが気になるようになってしまった。
「たしかに。彼女のことが好きな人は収録されているブレスも含めて好きなんだろうなあ」
「息継ぎかわいい、ですね」

俺は携帯電話でさユりのアルバムジャケットを眺めていた。そして、ハッとした。
「ねえ、これみて」
そこにあったのは『酸欠少女』という言葉。彼女の二つ名。我々は「なるほど!」と納得した。

「酸欠世代ってなんですか……一般的な言葉なんですか?」
「言いたいことは分かる。この言葉を作った人がどういう思いで作ったのか。けれど、俺もきいたことがない」

「時効なんてやってこない、奪ったように奪われて」

9月10日の日曜日、小田急線が止まった。
新宿で電車に乗り、座って間もなく眠ってしまった。目が覚めたら止まっていた。繰り返し、アナウンスが流れている。要約すると「電車に乗ったままでも構わないが、復旧の見込みが立っていない。一時間、二時間、待たせてしまうことになるかもしれない。緊急措置として1号車の扉を開けた。一人ずつ、降りてもらっている。最寄りの駅は南新宿駅」といった内容。
時刻を確認すると、16:40だった。乗ったままでは、おそらく18:00の約束に間に合わない。下北沢に、行きたかった。
俺のいる7号車から出口のある1号車まで、ずらりと人が並んでいる。10分経っても15分経っても、まったく先に進まない。
困った。「どうしようかなあ」と考える。同じ車両に乗っていた和服姿の女性が電話をしていた。
「まるで対応がなっていない。役員を呼びなさい。警察も動かしなさい」
そんな感じの内容を、穏やかな口調で話している。電話の先には誰がいるのだろう。
秩序は保たれていた。皆、おとなしく並んでいる。騒いでいる人は、少なくとも7号車にはいなかった。他の車両も、大きく変わらないのではないだろうか。

列車内に「緊急の際は」という掲示があった。今は、緊急事態だろうか? 緊急事態である。

俺は、座席の下にある、金属製の小さなフタを外した。赤色のレバー。説明書きの通りにレバーを引く。たしか、90度。エアーの抜ける音。10秒くらい。ドアを引いてみた。ロックは解除されており、手動で開いた。
友人の指摘を思い出した。友人の言うとおりだと思った。飛び降りて、踏切を目指した。振り返ると、俺の近くにいた男性客が開いた扉から外の様子を覗いていた。

友人の指摘。それは、原文ままではないけれど「きみは、良いことと悪いことを自分で決めるところがある」というものだった。
今回、俺のやったことは、おそらく刑法には抵触しない。ただし、鉄道営業法の三十三条と三十七条は怪しい。「運転中」と「みだりに」の解釈次第で、引っ掛かる。
それでは、法律から離れてみるとどうだろう。倫理的に、道徳的に。
まったく非がないとは思っていない。
しばしば俺は「巻き込みたくない」という考え方をするのだけれど、今回は「誰かを巻き込む危険性」があった。おそらく、非の正体はここにある。だからきっと、俺は一人じゃなかったらレバーを引いていなかった。
けれどこの仮定は、俺の知っている人が周囲にいるかいないかという意味でしかない。実際は、乗客が他にも沢山いたのだから、そもそも俺は一人ではなかったともいえる。
俺の開いたドアから他の誰かが降りたとして、その人に何かがあった場合、俺は責任を取れるのか? 取れない。ここが問題なのだと思う。

踏切をくぐり、タクシーに乗った。「下北沢までお願いします。小田急線のトラブルはご存じですか?」運転手は「知りません」と応えた。俺は事情を話し、南新宿駅付近には、きっと困っている人が沢山いるという予測を伝えた。

約束の時間には、間に合った。大学の先輩が出演するお芝居を観たかったのだ。

お芝居の感想に関しては、他のところに書いたので省略する。一言でいうと、とても気分の悪い話だった。

その後、俺は春日部を目指した。この日、最後の約束。到着するのが少々遅くなってしまったけれど、なんとかなった。

全ては自業自得という言葉に集約される。だけれど、きっと、俺は自分に対して「頑張った」と思いたかったのだろう。この日は、ちょっとだけ頑張った。

「僕のボスなら僕だけだ」

一言、彼に謝りたかった。

普段どおりなら、行くことができないが、その日はたまたま日勤になった。仕事を終えた俺は、ライブハウスに向かった。到着したのは彼らが出演する20分くらい前だろうか、間に合った。ワイシャツ姿の客が何人かいたけれど、スーツのジャケットを着ているのは俺だけだった。昔、友人のライブに来た方のことを思い出す。その場に俺はいなかったが、もしかしたら、その時の彼と今の俺は、同じくらいの年齢になっただろうか。それとも、今の俺の方が上だろうか。

男の人がひとり、ギターを弾きながら歌っていた。一曲聴いて「最初から見たかったな」と感じた。格好いい。大阪から来てくれたらしい。彼は、斧出拓也と名乗った。

彼の演奏が終わり、彼らが準備を始める。彼らの演奏中、演奏後、ちょっとしたビール祭りになったが、それはまた別の話。結果的に、俺は、謝ることができた。

俺は、バーカウンターの前にいた彼に「何飲む?」と訊いた。彼も、ビールを選んだ。家に帰り、本人が上げている動画をみた。タイムスタンプは2016年。

これはこれで良い演奏なのだけれど。だけれど、俺は保証する。今の方がもっと格好いい。

彼と彼と彼らと彼と。彼がいっぱいいる。申し訳なく思う。

「ずっと夢をみて、安心してた」

7月20日の木曜日、生まれて初めて川で泳いだ。
俺は泳ぎが得意ではないから、浮かぶ努力をしたというべきか。

三泊四日の出張。大阪を発った我々は三重を目指した。ガソリンスタンドの閉まる時間が想定していたよりも早く、エンプティランプが点灯してから60〜70キロ走行する羽目に。JAFやレンタカー、タクシー、あらゆる手段を頭の中で検討する。いずれも50キロ圏内にない。「車中泊は暑いだろうなあ」と思いながらの二択。右か、左か。選んだ先に、ガソリンスタンドはあった。助かった。

仕事の合間に魚飛渓というところへ行った。きっとまだ夏休みが始まっていないのだろう、遊んでいる人は少なかった。天気が良い。水は冷たい。浮力の違いを体験できた。海の場合、足先も浮いている。川の場合、足先が沈む。

とても綺麗なところだった。
伝えたかった。伝えられなかった。

友だちは言う。

「よくなかったことは、自分で勝手に見つけてしまうかもしれないから、だから私はよかったことを、簡単によかったとは言えないけれど、それでも、並べてみる」

俺は、お別れの言葉を。またね。

「おい、どうすんだよ?」「もう、どうだっていいや」

+α/あるふぁきゅん。を知ったのは今年の5月末のことで、それはここにも書いた。
6月8日のメモには、

率直な感想として、心には響かない。
響かないんだけれど。
心に響かない原因は需要にあると思う。この人は世(の中の一部)に望まれたことを表現しているだけではないか。
響かないけれど、空虚な気持ちになる。この人は、歌いたい歌を歌っているのだろうか。ノーという答えを想定しての問いではない。俺自身の考えはイエスである。
おそらく、100年後に残る音楽ではない。歌っている人も、たぶん望んでいない。
誤解を恐れずに言うなら、背景にRADWIMPSを感じる。

と書き残し、9日の明け方に「前言を撤回する。感動した」と訂正し、友人から「この24時間に何があったw」と言われた。

何があったんだろう? 仮説はある。こじつけである可能性も否定できないが。

手元にはCD三枚分の音源があるのだけれど、最初のころ主に聴いていたのは一枚目と二枚目だった。全ての曲というわけではないけれど、ボーカロイドのカバーが比較的多いらしい。
彼女自身の言葉を借りて良いなら、それらは真の意味では、彼女の歌じゃない。
RADWIMPSを感じたのは、彼女からではなく、作者からかもしれない。

三枚目は、違う。それは、彼女のために書かれた歌であり、彼女が仲間と一緒に作った曲なのだ。「何があったのか?」という問いには「三枚目があった」という答えが、一応は当てはまる。

誤解を恐れて言うのだけれど、ここまで、俺は一切否定的な感想を述べていない。

6月24日、俺はライブのチケットを買った。そこには、不純な動機も含まれていた。
それは「ライブではどんなふうに歌うんだろう?」という好奇心である。

7月29日の土曜日、お休みをいただき、原宿に行ってきた。

客層は想定していた通りだった。やはり若い人たちが多い。俺のようなおっさんもゼロではないが、少数だ。きっと、多くの人たちがニコニコ動画時代からのファンなのだろう。

ライブは同期音源有りで行われた。馴れる前は「こっちが録音で、こっちは生音で」と、落ち着かなかった。

この人、凄い。

全ての演奏が終わり、彼女は客の一人ひとりを見送った。かすれた声で「ありがとうございます」と。俺は、最初、目を合わせることができなかった。びびりながら、一言だけ感想を伝える。それは、最初に思い浮かんだ言葉ではなく、考え直した言葉だった。声が小さくて伝わらなかったかもしれない。

三枚目をたくさん聴いた。これがファーストかもしれないと思いながら。そうして、一枚目と二枚目に戻ると、なんだか、最初とは印象が違った。タイトルは、二枚目に収録された曲からの引用である。

というか、すげーかわいかった。

「午前3時の交差点」

7月9日の日曜日はお休みだった。
夜明け前に仕事が終わり、同僚とビールを飲み、家に帰って少し寝た。夏にエアコンを使わないという試みは今年で三回目になる。扇風機を使っている。
昼過ぎに暑くて起きた。ビールやアイスコーヒーを飲みながらゲームをする。眠ったのは、22時か23時頃。

月曜日の午前3時頃、友人のKさんから電話があった。

「今、俺は交差点にいます」
「ん、うん」
「これから家に行こうと思いまして」
「それだけはやめて」

部屋がとても汚い。誰かを招待できる状況ではない。

「でも分からなくて。悲しいじゃないですか。××さんや△△さんは知っているというのに」
「隠しているわけじゃないんだけれど」
「お話があります」
「う、ん」
「これから家に行きます」
「待って。分かった。どこの交差点?」
「○○と■■の」
「では、30分後に□□で」

話している途中、共通の友人であるSさんからも電話があった。
「Kさん、Sさんからも電話が」
「今いっしょにいます」
「どうして二人いっしょに掛けてくるんだ……」

午前3時という時間は、絶妙な時間だった。今回はたまたま起こされる形になったけれど、休みの日であれば起きていることが多いし、仕事の日でも、忙しくなければ出られるからだ。
Kさんが話したいこととは、俺が黙っていたことについてだった。不自然な沈黙であるという自覚はあったのだけれど。話したくなかったわけじゃない。だけれども。同席しているSさんは俺を気遣ってくれた。きっと、二人とも察してくれていたのだ。俺は、言葉を選びながら、慎重に答えた。
「伝わった、かな」
「はい」
Sさんは、相川七瀬の歌を口ずさんだ。歌詞が0時から3時に改変されていることに気づいたのは、しばらく経ってからのことである。
また、まったく別の話であるが、俺はSさんの指摘に驚いた。過去、彼に話した記憶はないのだけれど、その指摘は当たっていた。

「凄いね。たぶん、その通りだ」

なんで分かるんだろうなあ。

「納めましょう妄想税、皆様の暮らしを豊かにするために」

三週間ほどの出張で関東を離れている。一週間単位の出張はよくあることだけれど、ぶち抜きは珍しい。スケジューラーが気を遣ってくれているということもある。「週末、帰ってきてもいいよ」上司に言われた俺は「経費がもったいないので」と答えた。半分は会社の都合、もう半分は俺の都合である。

一週目は大阪。月曜から金曜まで働いて土日休み。土曜を大阪で過ごし、日曜日に移動した。土曜日、大阪で人と会い、少々不愉快な思いをした。それはまた別の話で、何が不愉快だったのか、俺は二週間ぼんやり考えることになる。自分なりの結論は出て、すっきりした。
二週目は九州。月曜から土曜日まで働いた。三週目は再び大阪である。本当は、休日の日曜日に移動するつもりだった。「日曜に移動するんですか? 俺も日曜休みだから、一緒に飲みましょう」同じ出張組の後輩が誘ってくれたということだけが理由ではないが、結局、俺は二週目の日曜日を福岡で過ごした。酒を飲みながら後輩とモンスターストライクで遊ぶ。これもまた別の話であるが、俺は、比較的このゲームを真剣にやっている。後輩は、ゲームの上では先輩にあたる。

我々が勤める会社には、アニメ好きが何人かいる。九州に所属するYは、我が社で三本の指に入るアニメ好きである。Yと同じチームになった日は、車での移動中、主にアニメの話をしていた。片道二時間ならば往復で四時間。Yが運転し、俺は助手席に、他の同僚は後部座席に。車とYの携帯電話はトランスミッターでつながっている。彼の好きな音楽が流れ続ける。気になる歌があった。おそらく、知らない人だった。歌詞を聴き取り、検索する。曲名が分かった。

「この歌は?」
エルドライブのオープニングテーマですね」

アルバムを一枚、iTunesで買い、一週間、彼女の歌を聴いている。今、一番好きな曲をYに伝えた。ボーカロイドのカバーらしい。Yから返信があった。そうなんだよ、俺もそう思うよ。

そういえば、と気がついた。

「どういう人が好きなんですか?」何週間か前にそう質問されて、俺は答えることができなかった。一応の回答が見つかった。確信はないし、全部ではなく一部であるような気もするが。今度会ったら伝えようと思う。

明日、関東に戻る。

「何時に着いたの? お前の住む町」

仲の良かったバーテンダーからメッセージが届いた。要約すると「もう一度はじめます」という内容だった。

色々なことがあったのだろう。そして、その中にはきっと良くない出来事が含まれていたに違いない。何があったのか、知っている人もいたけれど、俺は聞かなかった。

「いつか、本人から聞こうと思います」「そうですね、その方が良いかもしれませんね」

俺は二つの意味を込めて「待っていた」と言った。「大変お待たせ致しました」という返事。彼も、二つの意味を込めたのではないか。勘の良い人だから。

「見馴れていた右手、それが掴みかけていた君の心を見失って」

2017年4月16日(日)
7thleaf in Tokyo
@下北沢THREE
OPEN 18:30 / START 19:00
ADV ¥2,000 / DOOR ¥2,500 (with 1drink ¥500)
◆ACT
Pampas Fields Noise Found art/ 音の旅crew/ No Gimmick Classics/ アライヨウコ

http://7thleaf.net/pfnfa/

大好きなバンドが下北沢で演奏する。良かったら、是非。
昔、彼が俺に話してくれたことがある。彼はもう忘れてしまったかもしれないけれど、俺は覚えている。

「好きなだけじゃ駄目なんですよ。駄目でした」

そうかもしれない。だけれど、そうじゃないかもしれない。

記録をさかのぼると、彼らの演奏を初めてみたのは13年前だった。バンドの真ん中にいる彼は、友人というほどに親しくはない。

ところで、彼の音楽をライブハウスで聴いていた頃を振り返ると、思い出したくないことがあった。後悔も、楽しかったことも。
そう考えると、あの頃は俺にとって特有の期間ではなかったということになる。なぜなら、いつだって、きっとそうだから。

当時の日記を引用してみようと思う。はてなに移る前の日記。

2003年11月29日
寝不足で鈍くなった頭とからだで彼らの音楽を聴いてました。初めてみるバンドは淡々と楽曲をこなしていきます。3曲目が終わって初めて短いMCが入りました。もしかしたら最後までしゃべらないんじゃないか、彼らならそれもありだと思っていた矢先のことでした。

曲を曲のまま感じることがなかなかできず、僕は無意味だと感じながらも音を聴きながら彼らを分類します。ロックとは。パンクとは。これらの定義は一律ではないらしいけど、やはり僕の中には音楽のジャンルとしてのロックやパンクがあってそれを当てはめるのです。ロックを名乗ればロック、と友人が教えてくれて、これは僕の大好きな言葉なんだけれど、それでも僕の思うロックではなかったりする、もちろんその逆も。

ギターの音を聴いているとロックである気がしてきました。ブリティッシュという使い慣れない言葉が浮かびます。

でも、ロックじゃない。決め手となったのは歌です。こんな淡々と歌うロックは聴いたことがない。

パンクでもないしヘビメタでもない。最も広い守備範囲を持つと僕が思っているポップスとも違う。スカ、メロコア、ハードコア、ジャズ、ハードロック、ブルース。途中からよく知らない言葉がどんどん出てくるけどいずれも違う、気がする。

なんなんだ、この音楽は。僕が好きな音であることはたしかなんだけど。
帰り際、彼らの100円のシングルを買い、ついでにアンケートも書きました。
「あなたはレゲエが好きですか? 嫌いですか?」
レゲエか!!
こんなレゲエがあったのか。たしかに僕はレゲエをほとんど知らないし、聴いたこともない。聞かず嫌い。
あんな、陰鬱な、冬にぴったりのレゲエがこの世にはあるんだ。
アンケートには、レゲエが好き、とは書きませんでした。好きなのはあなたたちの音楽です、とも書きませんでした。

「いつもの英雄は、今日はどうやら――」

昨年の12月、後輩が黒いイナズマの存在を教えてくれた。
視聴したのは、episode3だった。

episode3

家に帰ってから1と2もみた。

episode1

episode2

「君が教えてくれた動画、何回もみている」
「そんなに気に入るとは思いませんでした」
「とても良い出来だと思うんだが、ひとつだけ、気になるところがある」
「?」
ブラックサンダーのCMだから、しょうがないといえばしょうがないのだけど、黒いイナズマが最後は必殺技というか、それを出したら勝負が決まっちゃう形になっている」
「たしかに、そうですね」
「その点がね、ちょっと引っ掛かった。好きなんだけど」

俺が黒いイナズマを教えてもらったのは12月、後輩に感想を聞いてもらったのは、1月であっただろうか。

2月、episode4が公開された。

衝撃を覚えた。

episode4

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「ラジオから春の歌、もうそんな季節ね」

こじつける癖がある。

「こういうことかもしれない」と感じることがあっても、それを誰かに話すことはあまりない。根拠が薄弱であることを、自分なりにではあるけれど、自覚しているからだ。

CHERRY BLOSSOMの桜ロックを繰り返し聴いている。ちょっと考え事をしていて、さほど真剣に聴いていなかったと思うのだが、途中「あれ?」と感じる箇所があった。もう一度、聴いてみる。

「やっぱり」と俺は思った。しかし、根拠がないと言い換えても良いくらいの違和感だった。今日は、思いついたことを書き残そうと思う。

この歌詞が適当に書かれていないのならば、視点は『僕』だけじゃない。『僕以外の誰か』がいる。

以上が、思いつきである。根拠はないようなものだから、結論のみを。

ところで桜ロックのMVも俺は好きなのだけれど、特に好きな部分が二箇所あるということに気がついたので、それもついでに書いておく。

3:33〜の髪が踊るところと4:03〜のボーカルの表情。