「太陽系を抜け出して、平行線で交わろう」

さユりって知っていますか?」
後輩の質問に対し、俺は「名前は知っている。初めて知ったのは『乱歩奇譚』のエンディングだと思う」と応えた。「僕は『クズの本懐』で知りました」と、後輩は続けた。
クズの本懐』は、手を出したら危険な気がしていて、みていない。それは『恋と嘘』をみたときと同じようなダメージを食らうのではないかという、おそれにも近い感覚だった。もっとも、今年中にみるかもしれないという予測もある。たぶん、俺はみるのだろう。
後輩は『クズの本懐』の主題歌がさユりの歌う『平行線』であるということを教えてくれた。物語のあらすじも。彼からは、ネタバレを回避しようとしている気遣いが感じられた。
今週は、彼との二人チームである。毎日。移動中は俺が助手席に座り、音楽を掛けていた。そして、彼がリクエストしたわけでもないのに『平行線』を何度も流した。ぼんやりとメロディを追っていたのだけれど、ふと、歌詞が頭の中に入ってくるときがあった。
「太陽系を抜け出して、平行線で交わろう」
「歌っていますね」
「これって、物理学の話だよね?」
「そうなんですか?」
「光が重力で曲がることは証明されている。だったら、宇宙空間においては平行線が交わることもありえるんじゃないか」
「ああ、たしかに」
「凄い歌だね」
「物語に合わせて作られた歌なのかもしれないですね」
「なるほど」

やっぱり、みることになりそうだ。

以前、仲間とカラオケに行ったときに「恋愛の歌、ほとんど歌わないんですね」という指摘を受けたことがある。そうか。そうかもしれない。歌うことじたいが得意ではないのだけれど、そうだ、俺は歌を知らない。
『平行線』のテーマは恋愛である。この認識は、おそらく大筋で間違っていない。けれど、その一部分には物理学の視点も含まれている。もしくは、物理学の視点から恋愛を観測している。たぶん、こじつけではないと思う。歌詞のなかにある「太陽系の常識」は、一般的な物理法則と解釈することも可能である。良い歌なので、知らない方は是非、聴いてみてほしい。みんな知っているか……。いや、知らない人だっているかもしれない。おすすめである。

「ちょっと息継ぎが気になりますね」
後輩の感想をきいてからというもの、俺もさユりの息継ぎが気になるようになってしまった。
「たしかに。彼女のことが好きな人は収録されているブレスも含めて好きなんだろうなあ」
「息継ぎかわいい、ですね」

俺は携帯電話でさユりのアルバムジャケットを眺めていた。そして、ハッとした。
「ねえ、これみて」
そこにあったのは『酸欠少女』という言葉。彼女の二つ名。我々は「なるほど!」と納得した。

「酸欠世代ってなんですか……一般的な言葉なんですか?」
「言いたいことは分かる。この言葉を作った人がどういう思いで作ったのか。けれど、俺もきいたことがない」