「僕たちに示された仮想の自由」

7月11日の木曜日、15時半。

演奏会用プログラムを作成する打ち合わせの二回目。今回で、たぶん終わり。別件である音楽の打ち合わせはベローチェか焼き鳥屋さんで行われることが多かった。

「うちくる? きみの部屋とちがって煙草が吸える」

「ベローチェも、地味に遠いですもんね」

前日の夜、北海道出張を終えた俺は部屋の模様替えを試した。ベッドの方向を90度回転させてみたのだ。比率が5:1くらいの長方形だったスペースが正方形に近づいた。誰かが来るならこちらの方が話しやすいのではないか。ワンルームがベッドによって分断された形となり、掃除と洗濯がやりにくくなったけれど、後のことは後で考えよう。

午前中にキッチンの換気扇が新しくなり、部屋の環境整備はほぼ完了した。掛布団のカバーと座布団がない。当時の俺は、掛布団と敷布団のカバーが違うということさえ知らなかったらしい。かつては、座布団らしきものがひとつあった。しかし、絵に描いたような煎餅座布団になっていたため春の大掃除祭りで捨ててしまった。客をフローリングに直接座らせるのもいかがなものか。用意しよう。

部屋の外に範囲を広げるなら共用スペースを磨くデッキブラシが欲しい。このアパート、ほとんど管理されていない状態で、共用部の照明が点かなくなって数年が経過した。まったく気にならない。「本当に人が住んでいるんだ」的を射た感想を述べたのは、たしか友達の恋人だった。

歩くところくらいは自分で綺麗にしようと思った。今、これだけ汚いのはエアコンの交換を行ったせいでもある。ベランダが汚かった。汚染は広がった。

この部屋に住んで10年くらい経つけれど、これまでに訪れてくれた人はおそらく5人。招かれざる客をひとり含む。今回の友達は6人目となる。

緊張する。この緊張は何だろう、近しいものを考えてみた。裸か。裸かもしれない。裸を見られるのと同じ類の緊張だ。いや、裸を見られる方がましな気もする。友達には、言わなかった。

やはり、床に座らせるのはいかがなものか。考えた俺は「そこに座って。床は硬い」と言い、ベッドを指でさした。彼女がどのように感じたのかは分からない。会ってしまえば、もうそれほど緊張していなかった。俺は床に座った。馴れている。

友達は藤色のワンピースを着ていた。もしかしたら、もっと専門的な名称があるのかもしれない。とても似合っていた。伝えなかった。「かわいいと思ったときはかわいいって言う」いつだったかそう宣言したけれど、そうじゃないときもある。嘘をついているだろうか。

「コーヒーと牛乳とクリアアサヒがある。クリアアサヒにする?」

我々はそれぞれの缶を開けた。

話しながら作業を進める。友達は途中から暇そうにしていた。音楽を聴いたりギターを弾いたり歌ったり。彼女が弾き語る歌のキーが半音上だったことに気づいたのは別れた後だった。さユりのミカヅキ。背もたれが欲しいとつぶやき、横になった。仕事が忙しいという話も聞いている。疲れているのだろう。眠っても構わないと思っていた。時間になったら起こせばいい。越川くんの家で、俺はいつも寝ていた、そんなことを思い出した。後になって考えてみると、歌っている友達を、横になっている友達を、見たかったのだと思う。だけれど、やるべきことがあったから。

「私よりも真剣ですね」

「真剣だよ」

「お礼は何がいいですか?」

「この間、多めに払ってくれた」

「あれもなんだかよく分からない形になったし。何がいいですか?」

手を止めて友達をみた。ワンピース、本当によく似合っている。いつだったか、俺に質問したときと同じ表情だった。答えなかった。演奏会を成功させてくれたらいいと言ったなら、俺の根源に生息するらしい気障りな感性が具現化されたことになるだろうか。冗談じゃない。実はひとつ思いついたことがあった。自分なりに一生懸命考えた結果、没にした。十分だ、答えはもう出ている。お礼は、もう頂戴している。結論は変わらない。

プログラムが、ほぼ出来上がった。

先月の28日、ちょっとしたやりとりがあった。

「11日なんですけれど、予定どおり昼で大丈夫ですか?」

「是非」

「ありがとうございます。嫁ぐ親友に、夜会おうと言われて」

「30分くらいで終わるんじゃないかな。間に合うと思うよ」

「ありがとうございます!」

最初は意図が分からなかった。後になって思い当たる。もしかして、気を使わせてしまったのだろうか。プログラムの作成が終わったらお酒でも飲もうと俺が考えていることを想定した上での確認だったなら、俺は素っ頓狂な応答をしていることになる。打ち合わせのことしか考えていなかった。だけれどと考え直す。まったく違う人と、異なる状況で、似たようなことがあった。あの夜、俺はとても悲しい気持ちになった。もし仮に友達が確認しなかったなら、俺は同じような気持ちになっただろうか。たぶんならないと思うのだけれど、確信はない。借りがひとつ増えたのかもしれない。

次の予定まで、まだ少し時間があった。

実家でつくったプレイリストに入っている楽曲が演奏会の演目と一致しているのか確認してもらった。すべて、合っていた。彼女が演目として選んだ『死の舞踏』を聴いてもらった。音源は大量にあった。俺は4つか5つを適当に選んでリストに入れた。オーケストラ、トランペット、ヴァイオリン、等々。どれかを聴いた友達は冒頭の数秒で「だせえな」と両断して次に行く。相変わらずはっきりしているというか、厳しいというか。普段とのギャップが強烈である。この人に、俺のギターを聴いてもらうのか。大丈夫か。とある音源を聴いた彼女は「最初から間違っている」と言ってまた次へ。これは、なんとなく分かった。どちらかと言えばガチ勢ではない雰囲気を、俺もジャケットから感じていたから。

「この中だと、オーケストラ以外聴かなくていいです」

怖い。だけれど、俺はいろいろ聴くと思う。彼女が良いと思う演奏、良くないと思う演奏。そうじゃないと、きっと分からないから。人よりも時間が掛かるということを自覚している。最短距離で何かを成し遂げたことが、俺にはない。

仕事柄ということもあって、友達の部屋は衣類で溢れかえっている。定期的に服を売っているという話を聞いた。季節に合わせて売るのがコツらしい。春には春のものを、秋には秋のものを。お金に困った人が反物を売る話を昔どこかで聞いたけれど「飲み代ができました」という言葉を聞いた俺は、同じように考えてはならないと改めた。

今、着ている服は夏物なのだろう。季節外れの服を着る人ではないし、とても涼やかなワンピースだったから。

来年の春に伝えたいことがある。藤色のワンピース、できることなら売らないでほしい。とてもよく似合っているから。そして、もしも俺が伝え忘れたなら、それは言わなくて良いことだったのだろう。

「ドーはドーナツのド」

母親がクラシック音楽と仏教に興味を持ったのはいつだろう? おそらく、俺が実家を出た頃だと思う。季節に一度くらいの頻度で近況を伝え合う中、なんだかいつもKitaraに行っているなあと思っていた。あのホールを「悪くない」と言っていたのは高校の教師だろうか。開館は97年の7月らしい。今、俺は時期から逆算している。とはいえ、高三の俺が音楽を履修していたとは思えない。もしかしたら違うかもしれない。大学かな。一年目で、俺は一般科目の音楽を履修している。いや、違うかもしれない。大学だ、こっちは合っている。けれど、音楽の講師ではない気がしてきた。自らタカ派を名乗る弁護士がいた。彼かもしれない。

母親が好きだったコンサートホール。いつか、きっと行ってみよう。

「きみが薦めてくれた音源はきっと後で聴く」

友達に伝えると「私が薦めたものを聴かないと意味がない」といった内容の応答があった。

俺はきみの言っていることを、ちゃんと理解しているだろうか。いちいち確認していないから分からない。分からないなりに挑戦の意思表示であると受け取った。基準もしくはハードルを自ら設定しているのだと。

「親がクラシック好きだったから、まずはそっちを聴いてみたい。ないものもあるだろうけど」

俺の記憶が確かならCDはここに。キャビネットのひとつを開けると100枚くらいのCDが納まっていた。もしかしたら、どこか他の所にも保管されているかもしれない。DVDが見当たらない。母親のことだ、きっとどこかに。すべてをエクセルで管理している可能性も高い。父親には聞かなかった。まずは見える範囲で良い、そう思った。

CDは6つのジャンルに分けられていた。『ピアノ』『チェロ他』『オーケストラ』『ヴァイオリン』『室内楽』『協奏曲』という手書きのメモが添えられている。たぶん、きちんと整頓されている。が、俺の知識が不足していて、少しだけ途方に暮れた。プログラムに書かれた「フルート・ソナタ」とここにある「フルートとピアノのためのソナタ」は同じ曲だろうか? 作曲者は一致している、演奏会でもフルートとピアノが一緒に演奏するらしい、きっと同じだろう、一つひとつがそんな感じだった。少々極端な言い方をすれば、俺はビートルズとジョンレノンとゲット・バックの区別が付いていないようなものだ。不安を抱えたまま、該当する曲が収録されていると思われるCDを抜いていった。ツィゴイネルワイゼンだけで3枚ある。大丈夫か。

半分くらい揃った。俺は、友達に進捗を報告した。

「凄い」

そうだろう、うちの母ちゃんはすごいんだよ。言わなかった。

「シフのCDがある」

「しふ?」

「アンドラーシュ・シフ。私が一番好きなピアニストです」

友達がそう言ったときの、俺のあの感覚をどのように表現したら良いのか、まだ言葉が見つかっていない。俺はシフという音楽家のことを全く知らない。20枚近くあるピアノのCDの中に彼の演奏が含まれていることが必然なのかどうか確信が持てない。おそらく必然なのだろう。だけれど、友達が当たり前のことを言うだろうか。分からない、俺は確認しなかった。見てもらいたかったのは集合であり、母親の字だった。友達はきっと写真を拡大した。そして、CDのタイトルにピントが合っているとは言い難い画像の中から彼の名前を見つけた。

「きみ、目が良いね。俺、まだ見つけられていない」

「ピアノのノのあたりです。シューベルトのやつ」

「シフさんも聴いてみる」

「彼のベートーヴェンも良いですよ」

母親と友達は同じ音楽を聴いていた。俺が知らない音楽を。

「ショパンのバラード集も見つけたんだけど作品ナンバーが書かれていない」

「バラード1番は、ド#ーーーーミラシド#ラから始まるやつです」

教えてくれたとき、この人意地悪だなあと思った。音階が分からんのだ、言われたところで。

「まちがえた。ドーーーーミ♭ラ♭シ♭ドラ♭」

「もうこの人やだ。キーの話か」

「調号ミスった」

ある金曜日、俺は友達に会いに行かなくてはならなかった。俺の都合で、どうしても会わなくてはならなかった。歩きながらショパンのバラードを聴いた。

ドから始まっていた。

いや、ちゃんとドーーーーって。

笑ってしまった。まじか。俺は誰のこともちゃんと分かっていない。友達のことも、母親のことも。

「バラード、本当にドーーーーから始まっていた。あなた、親切な人ね」

「でしょ!」

「生まれ変わってもまた会おう、同じ場所でまた会おう」

「パソコン得意ですか? 得意ですよね。パソコン持っていますもんね」

友達の問いは質問という形を採りながら、実質的には俺に何も聞いていなかった。

何年か前に、全く異なる場面でこの手口を使っている人を見たことがある。とある舞台が終わった後の対談でそれは起きた。司会が観客に求めたのは質問だった。一方、マイクを手にした観客の一人が口にしたのは非難だった。非難がよろしくないとは言わない。俺は、批判や批評に興味があったけれど、悪いとは思わない。ただ、彼のアプローチが気に食わなかった。前半では質問のような文法を選びながら徐々に非難に寄せていく彼が不愉快だった。俺だったら「これは非難です」と最初に伝えるだろう。そのあと司会が話を切るなら相手か場が非難を求めていないということだ。そのまま黙ればいい。話が逸れた。

友達の言葉は不愉快じゃなかった。その勢いは潔く、何か困っていることがあると分かったから。

「得意とはいえない。たぶんバイエルを卒業したくらい。どした?」

「演奏会のプログラムを作って欲しい」

「センスない」

「なくて良いです」

「いいよ」

「ありがとうございます」

「ひとつお願いがある」

「はい!」

「俺が関わったことは言わないで欲しい」

「恋人に?」

「うん」

「もちろんです」

自分の考える礼儀を優先していたら失敗した。昨年の話だ。だから、礼儀より優先するべきものがあるかもしれないと考えている。これは今年の話。一般論ではなく個人的な話である。

音大の仲間たちと再び集まりコンサートを開くという話は聞いていた。

プログラムなんて作ったことないぞ。「こんな感じで」と画像が送られてきた。なるほど、試しにやってみる。少し考えてから、友達の母校を検索する。学校案内に添えられたイラストと校章をコピーして貼り付けてみた。おお、なんかそれっぽくなった。なお、校章の拡張子は俺の知らないものだった。なんだろう、これ、保存できない。違うところから持ってきた。

「怒られるかなあ」

独り言。

「絶対怒られる」

これも、独り言。

友達に「こんな感じ?」と送った。

「ありがとうございます! ……待ってください、これ、うちの校章ですか?」

「勝手に持ってきた」

「ひっさしぶりにみました」

「イラストも学校のやつを」

「初めてみました」

「やっぱりダメかな」

「当日渡すものなので多分バレないとは思うんですけど……」

細かいところは直接打ち合わせたいと言われた。

「あれ友達にも見せたんですけど」

「え、見せたの」

「見せました。気持ちは嬉しいけどやっぱり良くないだろうって」

「俺もそう思う」

「絶対やめさせるってみんなに言ってきました」

「きみも大変だね」

「みんなも、ちゃんとお礼したいって」

「俺のことも話したの?」

「飲み屋で知り合ったおじさんて」

「それはひどい」

「なんて紹介したら良いのか分からなくて」

友達、心配していないと良いけどなあ。

「お礼は、いいよ。きみが言ってくれたからもう十分」

俺がそう言ったとき、友達がどう思ったのか分からなかった。拒絶じゃないんだ。そうじゃないんだけど、たいしたことやってないし、だけれど、どうなんだろう、もうちょっと考えてみる。

表紙に関しては友達のアイデアを採用した。俺の考えじゃないから自画自賛にはならないだろう、これ、いいぞ、誰かに自慢したい。

そういうわけで、実家に帰った俺はクラシックの音源をせっせと携帯電話に入れている。音楽は好きだけれどクラシックのことはほとんど何も知らない。不安だ、不安でしかない。耳もよくないしなあ。

「できればですね。どういう曲か知ってもらってから来ていただいた方が」

「きいてみる」

約束は、できる限り守りたい。

「僕には無縁だと思っていた」

大好きな人がいる、尊敬している人もいる。それはもう、両手では足りないくらい。「敵わない」とも思う。勝ち負けの定義が曖昧だけれど、これは一種の敗北感だろうか?

しかし、あの人のようになりたいという意味で憧れることはほとんどない。俺自身がなりたいわけじゃない。これは何かを押し付けているのだろうか? 「搾取」という言葉を何年か前に聞いた。同じだろうか。

考えてみる。

小学校の高学年くらいから徐々に、特に右目の視力が落ちていった俺は、当時の担任教師が使っている眼鏡と似たものを買ってもらった。たぶん似合っていなかった。ベッコウ模様の、大きな眼鏡。あの人のようになりたい、俺がそう思ったのはその時が最後かもしれない。

厳密には、高校に進学したとき江神二郎に憧れて煙草の銘柄を決めているのだが、あれは、ちょっと、事情が異なるというか、ノーカウントにしたい。

羨ましいと思うことや妬むこと、歳を重ねるたびに減少している。最初は、羨望や嫉妬が俺にはまったくないと書きかけたのだけれど、誤りだと思う。自覚していないだけで、もしくは自覚しないようにしているだけで、俺の中にもそのようなものが確かにあるのだろう。

以前、同じことを書いたかもしれない。

その日の俺はいつもより早くに起きた。家を出たのは15時か16時。会社に向かう途中、買い物帰りの友達とすれ違った。友達は恋人と一緒だった。二人の両手にはビニール袋、スーパーで買い物を終えた帰り道なのだろう。二言三言、言葉を交わした。

彼らのようになりたいと思ったわけじゃない。でも、ほんのちょっと、少しだけ、悲しい気持ちになった。ないものねだりだ。俺は、俺が決めた幸せを無視している。だってそうだろう、好きな時間に起きて好きな時間に寝て、酒を飲んで、煙草を吸って、ゲームで遊んで、アニメを観る。ギターを弾こうとして、やっぱり駄目だと投げ出して、だけれど音楽が好きだから、音楽に憧れているから、もう一度やってみて。やっぱり駄目で。俺の暮らしを選んだのは誰でもない俺自身じゃないか。彼らは求めなかった、俺は求めた、それだけの話じゃないか。

「だって、最近、全然会って――」

いつだったか、偶然居酒屋で会ったとき、友達は最後まで言わなかった。俺は、いつものように笑ってごまかそうとしたのだけど、友達はきっと何かに気づいたのだろう。俺が友達を避けようとしていたこととその理由。答え合わせをするつもりはない。友達の勘は鋭い、おそろしいほど、いろいろなことに気づく。敵わない。だから、合っていると思う。

考えていた。

それからしばらく経って、俺は友達に「君の顔がみたい」と言った。会った後に「顔がみたかった」と動機を伝えることや文章の中で地の文として使うことはある。しかし、過去形ではないかたちで誰かに言ったのはおそらく初めてのことだった。

避けていることを伝えるつもりがないのだから、避けるのをやめたこともまた、伝えなかった。言わなくても分かってもらえるという考えはなかった。分かってもらえなくて構わないという諦めもなかった。もう一度同じ失敗を繰り返すかもしれない。そのとき、俺はひどく後悔すると思う。だけれどもしそうなっても「やっぱりか」と思わないようにしよう、言わないようにもしよう、それはただの甘えだから。俺が自分なりの覚悟を決めたのは6月9日のことだった。

一週間経過した。

友人の芝居を観た後、俺は近所の焼き鳥屋さんに行った。23時半くらいだったと思う。日が変わる前に帰ろうと思っていた。「2杯飲んだら帰るよ」と店長に伝えた。詳細は割愛するけれど、結果的に日付が変わってしまった。友達が来たばかりで、じゃあ帰るねとも言い出せず、困ってはいないけれどどうしたものかなあと思っていた。

午前2時になった。閉店時間だ。店には3人残っていた。店長と、彼と俺。二人は、俺の誕生日を祝ってくれた。

友達を呼んだのは店長だった。「来たら教えて」と依頼されていたらしい。店長は友達との約束を果たした。そうして「絶対に帰すな、なんとか引き延ばせ」という新たな依頼を受け合った。警察の逆探知みたいだね。感想を伝えた。

もしも誕生日までに俺が来なかったら、アパートの、俺の部屋の前にプレゼントを置くつもりだったらしい。

俺としては、1日ずらしたつもりだった。日が変わった瞬間にお祝いしてもらえるとは思っていなかった。ひとりで誕生日を過ごすつもりだった。それが、俺の決めたことだから。日の変わった午前0時11分に札幌の友人がメッセージをくれた。もう十分じゃないか。少し前に、俺はひとりで死ぬことの難しさについて考えている。今はまだ無理だ。ひとりで死ぬことはできない。俺のことを覚えている人がいる。

彼らと別れた帰り道、君の知らない物語を口ずさむ。今日もへたくそだなあ。それでも俺は音楽に憧れている。音楽をやる人にじゃなくて、音楽に憧れている。そういうわけで40歳になりました。江神さんより一回り以上年上になってしまった。こんな感じで、なんだか申し訳ない。

「泣きたいときほど涙は出なくて」

以前「あなたの優しさは彼とは違う。彼は誰にでも優しいけれど、あなたはそうじゃない」という内容の指摘を受けたことがある。どうしてだろう。ぼんやりと理由を考えていた。相手の中に共通の要素もしくは因子があるだろうか。しばらく経って、違う話をしているときに「ああ、分かった」と俺は言った。

「俺、格好悪い人に厳しいんだ」

そして、格好悪いか格好良いかを、甘えているかいないかで考えているらしいと俺は続けた。

「私の恋人、滅茶苦茶甘えん坊ですよ」

「俺には甘えてこないもの」

「たしかに」

上記のやりとりがあったのは4月の上旬である。あれから一か月近くが経過した5月1日、俺はまた甘えるということについて考えていた。ひとつの例外を除いて、俺はなるべく甘えないようにしている。そう思っていた。けれど、認識に誤りがあった。

きっかけは『飯活』である。まとめサイトか何かでこの言葉を知った俺は、少し動揺した。飯活……だと……。何らかの活動を〇活と呼ぶことはなんとなく知っていた。しかし、これは……。バブル時代の再来なのか。

友達に連絡した。

「社会が俺を殺しに来ている」

友達からは「あなたは大丈夫」という内容の返事があった。少し落ち着いた。そして、今、俺は友達に甘えたということを自覚した。「大丈夫」という言葉を要求したつもりはなかった。だけれど、結果的に甘えていた。さらに気づく。ああ、そうか、そうだったのか。俺が誰にでも優しいわけではないという指摘、俺が思う格好悪い人。これ、同属嫌悪だったんだ。そうだったんだ。自分に似ている奴が気に食わないということだったのか。もしくは「泣きたいのはこっちの方だ」という逆恨みかもしれない。いやはや、まいったね。よろしくない。

「僕と君と、あなたと私がいて」

「動機の言語化か。あまり好きじゃないしな」

クロロ=ルシルフルのセリフは、衝動に対する理由の後付けが本意ではないという意味だろうか。俺はというと、比較的言葉や文字に起こすことが多い。仮に説明になっていなくとも、自分が納得できればそれでよいと思っているのかもしれない。ジャイロ・ツェペリのセリフも引用したい。

「納得は全てに優先するぜッ!! でないとオレは前へ進めねえッ!」

3月25日の夕方、友達にメッセージを送った。要約すると「やってみようと思う」という内容だった。彼に宣言するのは、これで何度目だろう。頑張ってみると言いながら投げ出したりそっと仕舞ったり、そういうあれこれがいくつかある。他方、一応は形になったものもある。彼はいつだって「楽しみにしている。頑張って」と言ってくれた。これも意訳だけれど。たぶん、違う言葉だった。動機も伝えた。それは、彼に宣言した理由だった。

「君に言えば、俺、ちゃんとやるかもしれないから」

今回は、ソロプレイである。継続しているチームプレイもあるけれど、この話は俺で始まって俺で終わる。締め切りは一年後に設定した。読みかけの本を読もう。読んでいない本も読もう。君が聞いてくれるから形になる物語がある。いつもありがとう。

「話したいこと、山のようにあったけれど」

我が家の大掃除を敢行した。3月29日に開始、4月7日に完了。大変だった。

2016年の9月、友人の来訪を機にできるだけのことをやったのだけれど、十分ではなかった。そのときは友人が掃除軍曹となり、部屋が綺麗になった。

「あとはお風呂場の維持だね」

「頑張る。感謝している」

あれから3年、俺の部屋は秩序を失った。約束を破るつもりはなかったのだけれど、あのときよりはマシなのだけれど、結果的には破ってしまったのかもしれない。人を呼べない空間になった。出張が終わると「帰ってきた!」と安堵するより「きたねーな」という思いが先に立つ。ここよりも散らかっている部屋を俺は知らない。休日はベローチェや居酒屋にいることが多かった。

掃除と並行して自炊も再開した。賞味期限の切れた調味料から推測するに、4年か5年ぶりである。ほぼ毎日、家で食べている。

「どうして、突然自炊を始めたんですか?」

友達に訊かれた。

「掃除していたら贈り物のフライパンが発掘されたから」

異なる日、同僚にも訊かれた。

「どうして掃除を?」

俺は「なんとなく」と答えただろうか。覚えていない。もしそうなら、本当のことを言っていない。正しくは「自分のため」である。そしてそれは「友達のため」を経由している。あの日、二日間ほど泊めてもらえないだろうかと友人に言われたときと動機の質は変わらない。友達のためにシェルターをつくろう、そう思った。そんな日は来ない方がいい。そう思いながら掃除した。

4月5日の午前中、会社の車を借りて、粗大ゴミを捨てに行った。さいたま市の桜環境センター。桜並木が延々と続いていた。1キロくらいだろうか。綺麗だった。身分証を提示し、施設の中へ。誘導されるまま駐車する。そこには二人か三人の職員がいて、てきぱきとゴミを受け取ってくれる。凄いなあ。ゴミを捨てた後は、また車に乗って精算機が備え付けられている出口へ。コインパーキングのような感じ。無料だった。レシートを見た俺は、しばらく経って意味を理解し、また感心した。

総重量 1,680キロ

空車重量 1,640キロ

正味重量 40キロ

そういうことか! ゴミを捨てる前と捨てた後の車の重さを比べて計算しているのだ。常識かもしれないけれど、知らなかった。本当に、知らないことばかりだ。しかし、いつの間に車の重さを量ったのだろう。まったく気が付かなかった。

入口に一人、誘導する人が一人、ゴミ捨て場に三人、出口に一人。それと施設。俺のゴミを処分するために、想像を絶するお金が掛かっているのだろう。税金大事だなあと感じた。ふだんから週に二回か三回、ゴミを捨てているのだけれど改めてそう感じた。

「部屋、片付いたよ」

友達に報告する。お給料が入ったらランタンを買おう。ユニットバスの電気が点かないのだ。そして5月か6月に、きっとエアコンを直そう。

「ペットボトルが山盛りならば」

「深爪さんの部屋が綺麗だったら転がり込んでいたのに」

友達の冗談に俺は応える。

「俺のことを信じてくれるのはありがたいけれど、余計にこじれるんじゃないか」

部屋が汚い。病的に汚い。ゴミの地層こそ形成していないものの、ゴミとゴミじゃないものが混然一体となっている。いつだったか「それはたぶん全部ゴミだよ」と越川くんに言われた。たしかに、その通りかもしれない。

部屋が汚いことを友達は知っている。彼らが部屋に訪れることを俺が本当に嫌がっていることも知っている。年末に大掃除をやろうと思っていた。やらなかった。さぼったのだ。

最後に布団を干したのはいつだろう。床を拭いたのは。思い出せなかった。

友達の冗談について考える。

彼女が俺の部屋に来ることはきっとないだろう。だけれども。

「逃げ場所がないというのはしんどいもんだ。掃除しておくから好きなときに使っていいよ。俺がいなくてもいい」

俺はそこにいない方がいい。こっちは、言わなかった。

そんなわけで掃除を始めた。5月1日を締め切りに設定している。メーデー、メーデー。冗談です。俺は助けを求めていないし、シュプレヒコールにも興味がない。一度の掃除で45リットルのゴミ袋が二つずつ出来上がっている。

掃除が終わったら、きっと友達に伝えよう。

「部屋は片付いたけれど、エアコンは壊れているよ」

「次はきみの番だと笑っている」

アパートの近くにあるコンビニに寄ると見覚えのあるリュックサックを背負っている人がいた。北欧のリュックサック、モスグリーンのコート。彼女はおにぎりコーナーにいた。顔はみえないけれど、髪の長さと色も記憶と一致した。ただし、まっすぐだった。友達の髪はまっすぐじゃない。服装も、ちょっと違った。俺は一度店を出た。他人の空似だよな。もう一度店に入って、アイスコーヒーを買った。別人だった。

「きみに似ている人がいた。でも髪がストレートだったし、ジーンズをはいていたし、違う人だった」

「飲んでいます。この後、友達と合流するんですけど、一緒に飲みませんか?」

その日、俺は眠かった。夜勤が終わって3時間くらい寝て起きて日勤を終えたのだ。5時間勤務。

「客が私しかいないんです。きてー。早くきてー」

それではお友達が来るまでと彼女に伝えた。

「一回店を出たんですか?」

「うん」

「不審者すぎる」

「ね」

「その時間に私がおにぎりを買うことはありえません」

「そうなのか。後ろ姿、似ていた」

「あの」

「うん」

「怒るかもしれないんですけど」

「ん?」

「もう一回、録り直したいです」

「怒らないよ。納得がいかない?」

「はい」

「あんまり、内緒ごとを押し付けたくないんだけど、彼に言わないなら」

「気にしすぎだと思いますよ」

俺は訂正しなかった。彼のことはあまり考えていない。きみのことを考えている。もう、あんなふうに弱っているところを見たくなかった。

「やろう。もう一度」

「はい」

俺は理解を求めていないのかもしれない。それは、あるいは怠惰かもしれない。お別れの挨拶を、俺は既に済ませている。だから大丈夫。もう大丈夫。もう一度、やろう。

「やばいことになっちまった。トニーの奴がしくじった」

約束を破ってしまった。二度寝。カレーが終わる時間に起きた。
真大さんには言ってなかったが、その日は正人さんとも約束していた。
「俺、火曜休みだから。一緒に飲みましょう」
「それならカレーを食べに行こう。19時半までやっているって。一人で行くつもりだったのだけど」
「真大さんのお店を○○さんが借りるって話ですよね。彼のことは俺も知っています。行きましょう」
正人さんについては、前にも書いたことがあると思う。彼のお店は先日14周年を迎えた。入れ替わりが激しいと言われているススキノでそれだけ長い期間看板を掲げているのは凄いと思う。俺は出張の時にチャンスがあれば顔を見にいくが、頻度を考えれば常連客というほどではないだろう。それでも、彼は俺のことを覚えている。思えば、そうだな、俺のことを覚えてくれている店主は多い。覚えて欲しいとは思っていないし、覚えてもらうように何かをしているつもりもないのだが。彼らは、やはりプロなのだ。
何より俺を誘ってくれたことが嬉しかった。仕事上、休みの日に客と付き合うことは少なくないと想像している。だけれど、なんというか、嬉しかった。仕事の外にある話であるかもしれないからだ。俺も彼も夜働いている。夕方集合は早いと思っていたが、さすがに起きられるだろう。目覚ましも三重に掛けた。
結果は先に書いた通りだ。寝坊した。まずいなあ。
「寝すぎました。すみません!」
正人さんから連絡があったのは、19時45分。君もか。笑う余裕はなかった。正直に言うと、連絡があるまで俺との約束を正人さんが忘れていてもおかしくないと思っていた。我々はお酒を飲んでいた。侮っていたことを、今度会った時に謝らなければならない。
「俺も今起きた。こっちこそごめん」
二人とも、どうしようもない。
「とりあえず、謝ってくる。正人さんとの約束は真大さんに話していない。俺に何かあったら骨は拾ってくれ」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫」
真大さん、武闘派だからなあ。これは比喩ではなく事実だ。合気柔術の師範らしい。いくつかの崩し方を見せてくれたのだけれど「ああ、これ武道だ」と俺は思った。容赦ないというか、手段を選ばないというか。不安じゃなかったと言えば嘘になるけれど、だけれど自分が正しいと思うことをしよう。電話じゃ駄目だ。
お店についたのは21時くらい。お客さんは俺の他に三人いた。
「真大さん、ごめんなさい」
「ん?」
「約束を破りました」
「ん。ああ」
真大さんは「いいよ」とにっこり笑った。「覚えていて、ちゃんと店に来たんだものね」お客さんの一人が言った。
「飲んでいきなよ」
カレーはしっかり繁盛していたらしい。午前中に真大さんが様子を見に行くと満席で、彼が手伝ったとか手伝っていないとか。普段は平岸でお店をやっているらしい。なるほど。
約束はしない。懲りた。けれど、行こう。平岸。これは、誰にも言っていない。
瓶ビールを一本、むぎ焼酎のお湯割を一杯。真大さんは、水を鍋であたためていた。
「もう帰るのかい?」
「明日、来れるかもです。これ、約束じゃないですからね」
「俺、約束したって思っちゃうんだよなあ」
「約束じゃないですからね!!」
真大さんはいつも通り、俺をエレベータまで見送ってくれた。
23時45分ごろ、正人さんから改めて連絡があった。
「二度寝して、今、飲んでます」
今度は、俺は笑うことができた。
「真大さんとのことは大丈夫。約束が先延ばしになるって、楽しみでしかないよね」
いつか、一緒にお酒が飲めたらいいね。

「殺したくなるような夕暮れの赤」

北海道出張の際、いつもは実家の車を借りているのだが今回は車がないため電車で通勤している。始発待ち。営業所にいてもよいけれど俺は仕事が終わったら退社するようにしている。電車に合わせて仕事をする気力はない。

3月7日(紗南の日であることは十年くらい前にも書いたかもしれない)の午前3時半、会社を出た俺はすすきのにある真大さんの店に行った。午前4時までやっている天ぷら屋さん。ただし、天ぷらがあるとは限らない。店に着いたのはちょうど閉店の時間だった。ご挨拶だけでもと思い扉を引く。キャップ帽をかぶった男性がカウンター席に座り、カラオケを歌っていた。ひとり。

このお店、カラオケあったっけ? 男性が「ん」とこちらをみる。真大さんであると気づくまで数秒を要した。彼は和のイメージが強い。俺のことを思い出してくれた店主はカラオケを停めて「おう、とりあえず歌え」と言った。

カウンターには栓の開いたビール瓶が数本。そのうち二本はまだ中身が残っていた。ちょっと前まで数人のお客さんがいたらしい。「飲みに行こうよ」誘われた彼はひとりカラオケを選んだとのこと。

真大さんが出してくれたビールは最初の一本だけだった。「あとは勝手に飲め」良いのだろうか。良いのだろう。店仕舞いの時間である。長居するつもりはなかったが、帰る気配が一向にない。何度かうながしてはみたけれど、我々は8時過ぎまで歌い、飲んだ。

俺は「ご存知ないかもしれませんが」と断って『迷惑でしょうが』を歌った。彼は知っていた。比較的長渕剛も好きだと聞き『家族』も歌った。どちらも、ほとんど歌わない。真大さんは一緒に歌ってくれた。

「これなんすか?」A4に印刷されたチラシ。カレー? 弟分なのか後輩なのか、分からないけれど、一日この店を貸すと言う。

「火曜日か。たしか休みだったから来ますよ」

「3杯」

「3杯!?」

「そしたら俺7杯でいいべや」

どれくらい客が来るのか真大さんは案じていたらしく、ひとりで10杯食べるつもりだったらしい。

「でも、真大さんの名前、出してほしくないんですよね?」

「うん。何か言われたら通りすがりの者ですと答えろ」

「怪しすぎる」

3杯いけるかどうかは分からないけれど、約束は守るつもりだ。

あれ、誰か誘えばいいんじゃないかと後になって思ったけれど、きっと、俺はひとりで行くのだろう。

ところで、カラオケは今年の1月に導入したらしい。マイクの設定がちょうど良かった。たぶんこれくらいだろう。俺はビールの代金をカウンターに置いた。真大さんは「多いよ」と少しだけ嫌そうな顔をした。

「山岡屋いくぞ」

一緒にラーメンを食べて解散。「つぎはどこに行こうか」と彼が言い、丁重に断ったのは9時半くらいだった。

「孤独の数ほど、飲み屋はあるけれど」

久し振りの大阪出張。月の半分くらいは出張であちこちに行っていることが多いけれど、別段大阪営業所から出入禁止処分を受けたわけでもなく、たまたまである。調べてみると仕事で訪れるのは昨年の七月以来だった。

新大阪駅を出て北に進むと東三国という町がある。歩いて15分から20分くらい。俺の好きなお店はそこにあった。土地勘がなくて、方向音痴で、たまたまみつけたのは何年前だろう。

「たまたま」という言葉を意識的に二回使ったが、偶然と必然の境界線は曖昧で区別が難しい。俺が言っている「たまたま」は、本当に「たまたま」なんだろうか。他には何も混じっていない、純粋な「たまたま」なんてあるのだろうか。

俺よりも少し年上の店長は元役者。話していて面白いし、料理もおいしい。何より、店長が元気だったらという条件付きではあるけれど、俺の仕事が終わった時間帯でも店が開いているということがありがたい。ほとんど、ない。

「あけましておめでとうございます」挨拶すると「声ちっさ!」という応答があった。元気そうで良かった。

「瓶ビールでいいですか?」

「ありがとうございます」

俺が頼む飲み物を覚えてくれていた。他、鳥ムネ肉の石焼きとアボカドわさびも注文した。

「久し振りですね」

「俺、昨年の冬にきていますか?」

話をしているときは、思い出せなかった。

「いいえ、たぶんいらしてないです」

「そっか。たまたまなんですよ」

「仕事、やめたのかなと思っていました」

「一応、まだやっています」

後日、「仕事をやめてもきっときますよ」と話したら「こないでしょ! 大阪」と。どうだろう、分からない。

「俺、間違ったかもしれなくて」

「はい」

「自分のことを『おっちゃん』って言ったら、相手、少し嫌そうな顔をしたんだよね。別に自分をおとしめるつもりはなかったのだけれど」

彼が考えるおっちゃん論を教えてくれた。なるほど、一理ある。年齢をあらわす言葉としてのおっちゃんと、身分を定める言葉としてのおっちゃん。

「率直に、年齢を言った方がよかったかもですね」

「そうだね。気をつけるよ」

「ねえ店長」

「はい」

「スケジュールの兼ね合いで俺は来ていなかったわけだけど、もし、俺が塀の中にいたとしても分からないよね」

「分からないですね。手紙ください」

「手紙か。分かった、書くよ」

「そうしたら僕もお返事書きます。よくない言葉をいっぱい使います」

「墨が入って真っ黒になっちゃうね」

「はい」

「内容を知りたければ出所してから直接話を聞きにこいってことかもしれないな」

会計を払い、俺は「気になるなあ、中身」とつぶやいた。「まだ書いていないです」店長は笑った。

「もしも今日があの日の続きなら」

昨年の11月10日、同級生のIと新橋で会った。同僚のことで相談したいことがあったから。なんだか、ここ数年で周囲の揉め事が増えているような気もする。

「久しぶり」

Iが手を差し出す。握手。我々が会うのはいつぶりだろう。14歳か15歳じゃないだろうか。四半世紀という言葉が身近になった。

相談を終え、同窓会の話をする。俺は、ほとんど同窓会というものに参加したことがない。

「Tも呼んでやろう、同窓会。2月に」

「2月というのは?」

「12月も1月も、バタバタしているかもしれない。3月は3月で年度末だし」

俺は、IとTが忙しいことを知っていた。二人とも、尋常じゃなく働いている。Tの休日は年間5日か6日だったらしい、後で聞いた。止めるつもりはないけれど、どうかしてる。

北海道を出た人たちで集まろうという話は何度か挙がっていたのだけれど、どれも立ち消えというか、実現には至らなかった。今度は俺がやる、俺が声を掛けるよ。そう言った。

1月の中旬に候補日をあげた。平日と土日。運が良かったのだろう。二人とも空いている日があった。俺は、休日申請を出した。

17時45分、集合。場所は都内。我々は約束を交わした。

2月13日、同窓会当日。17時20分にTから「今新宿を出た」という連絡があった。

「時間通りだね」と返すと「たぶん間に合わない、すまぬ」と。問題ない。おそらくIも時間と戦っているはずだ。聞かなくても分かる。ややあってIからも連絡があった。「どうやっても間に合わない!! ごめん!!!」問題ない、想定内だ。

少々の無理を通さないと集まることさえできないことは分かっていた。

ここからTとIのデッドヒートが始まる。おそらく、二人ともタクシーに乗っている。

「タクシーの運転手に急ぐよう言う」

「それはやめろw」

お店にはもう連絡してある。二人ともゆっくりおいで。

無事集合、我々の同窓会は18時半くらいに始まった。

昔の話はあんまりしなかった。なんというか、同級生という関係は、環境にすぎない。共有は関係で完結している。範囲を話題にまで拡張する必要はないと考えていた。Tが前職(前々職かな?)の話をしてくれた。

「売れるまで帰ってくるなっていう会社でさ」

「うん」

「夜になると、飛び込むところがなくなってくるんだ」

「うん」

「23時をすぎたあたりから、本当に行くところがなくなって」

「うん」

「セイコーマートに行った」

セイコーマートとは、北海道が誇るコンビニである。Tは笑って話していたけれど、コンビニの、おそらくはアルバイトスタッフに飛び込み営業を掛けるエピソードは壮絶というより他にない。

「そうしたら、オーナーの方が店の上に住んでいて」

「うんうん」

「警察を呼ぶ騒ぎにもなりかけたんだけど」

「うん」

「売れたんだ、防犯カメラ」

話を聞いている俺は、きっと少しだけぼんやりしていた。今なら「君みたいな営業さんが来るんだ。必要だね、防犯カメラ」と返したのに。

ホテルを取っていたTと別れ、Iと共に電車に乗る。

「ねえ」

「うん」

「俺たちの乗っている電車、逆だね」

Iが俺の腕をぱしんと叩いた。おかしかった。俺が間違うならまだしも、こんなにしっかりしているIが間違えるなんて。少し、飲みすぎたのかな。ほとんど二人で八合くらい日本酒を飲んだものね。

「恵比寿から帰ろうか」

「そうだね」

「君の仕事は、本当に凄いと思っている」

「確率の話だよ」

俺はきっと「同級生の中に君のような仕事をしている人がいるなんて凄い」ということが言いたかったのだ。それに対し、彼は「俺たちの同級生は400人くらいいる。そりゃいるさ」と応えたのだろう。

二人と別れた俺は埼玉を目指す。

ご飯を食べて帰ろう。西口の吉野家に寄った。

座っているお客さんをちらっとみた俺は桜さんの持っているリュックサックと似ているなあと思った。離れて座る。トイレから出てきた男性に声を掛けられた。俺の知っている二人だった。

桜さんは「すみません」と店の人に声を掛ける。お茶とお水のおかわりを頼んでいた。会計を済ませた俺は彼女に言う。

「良かった。定食のおかわりだったらどうしようかと不安になった」

「頼みませんよ」と彼女は笑う。そして「食べられますけどね」と続けた。

「その手は大事な人とつなぐためにある」

山口雅也の『生ける屍の死』を読み終えた。

初めて推理小説を読んだのは、きっと中学生の頃だった。

俺が日記を書き始めたのは20代の半ばである。残念なことに、日記以前の記録は残っていない。だから、俺の話には「おそらく当時はこうだった」という類の想像が大量に混ざっている。

推理小説を読んでみよう。そう思ったのは漫画でミステリが流行っていたことも関係していたと思う。だけれど、俺はいわゆる古典から入らなかった。学校の図書館で借りたのは綾辻行人の『十角館の殺人』だった。たぶん文庫。表紙を見ただけでわくわくしていたような気がする。

新本格というジャンルを知った。そこから、俺の講談社ツアーが始まった。我孫子武丸、法月綸太郎、有栖川有栖。一通り読んだ。我孫子武丸はゲームの『かまちたちの夜』も手掛けていたと記憶している。ゲームでこんなことができるのか! 面白かったし、俺も作ってみたいなあと憧れた。たぶん。綾辻以降の順番は記憶が曖昧なのだけれど、新本格に限らず、島田荘司、東野圭吾、京極夏彦、清涼院流水もこの時期に読んでいる。森博嗣は高校かな。清涼院流水はひどかった。漫画では当たり前の手法として使用されるコピーアンドペースト。彼は小説でコピペをやっていた。衝撃である。もし彼の作品が適切な誰かの手によってリメイクされたなら、それは素晴らしい作品に仕上がることだろう。

このように、俺が読んできたほとんどの小説は講談社文庫もしくは講談社ノベルスだった。別段、信者だったわけでもないのだけれど。どうしてだろうね。売り方が上手だったのかな。

当時は今と違いウィキがなかったし、俺に面白い本を教えてくれる人もいなかった。もしくは、俺が訊かなかった。そんな俺を導いてくれたのはもっぱら文庫本の解説だった。解説している人が書いてる小説に興味を持ったり、解説の中に出てくる小説を探したり。

『生ける屍の死』を知ったのもそのようなルートのどこか一点だったのだろう。

俺は緊張した。たぶんだけれど。なぜなら、この小説は講談社ではなく創元社だったからである。創元推理文庫。ついに俺も講談社を離れる日が訪れたのか。そう思ったかどうかは定かじゃない、おそらく思っていない。緊張したのは嘘じゃない。

当時の帯に書かれた文を引用する。

『このミステリーが凄い! '98』過去10年のベスト20【国内編】1位

死者が次々と甦る!?

手元にある文庫本は2000年に刷られているので俺がこの小説を読んだのは最も早くて19年前。記憶が確かなら平積みされていた。

再読した理由は、友達に薦める小説として相応しいか否かの判断ができなかったから。課題図書を交換する約束については前に書いた。5分の1ほど読み終わったところで薦めた。たぶん、合っている。読んでいる途中で思い出したのだけれど、俺はこの小説を越川くんにも薦めている。そして、彼と彼女とでは、薦めた理由が異なる。越川くんに読んで欲しいと思ったのは、彼がロックだったから。もしくは、俺の知っているロックと一致していたから。彼女に薦めたのは、彼女はきっと死生学にも興味があるから。

「おすすめの推理小説を教えて」と言われたのだけれど、斬新なトリックとか、どんでん返しとか、そっち方面では考えなかった。推理小説には多かれ少なかれ縛りがある。そしてその一つに「人物を描きすぎるのはよろしくない」というものがあると俺は思っている。友達は、もしかしたら純粋なパズルとしての推理小説を求めていたかもしれない。不十分だ、どうしよう、悩んだ。

俺が薦めた夜、彼女は書店で買ったという。

「このミスの、この30年の1位に選ばれたんだね。楽しみだ」

友達の言葉に驚いた。記録が更新されている。過去30年の1位は、なんというか、凄くないか。おすすめの音楽を訊かれて考えに考えた結果ビートルズを薦めてしまったときのような恥ずかしさもあったけれど、彼女は推理小説を読んだことがほぼないと言っていたし、俺が言わなかったら買わなかったかもしれない。良しとしよう。

「これ、元々は英語で書かれたものなのかな?」

「和訳された本に似ている文体だと俺も感じた」

「うっかり下巻の裏にある粗筋を目にしてしまってさ……。一行目に大事なことを書くのはやめて欲しい」

「上下巻に分かれたんだね。俺が持っている本の紹介にも壮大なネタバレがあるよ」

「なんてこった」

俺は先の話に触れないよう慎重に話していたのだけれど、我々の「うわあ」が同じものであったことを後に知る。笑った。

そういうわけで2月8日の15時前、俺の再読が終わった。

ラストシーンは記憶通りだった。だけれどその情景は遠くから見ているものであり、彼らがどのような話をしているのか、どのような状況におかれていたのか、いずれも記憶とは違った。そうか、この物語はこのようにして終わったのか。

読んでいていたたまれないシーンもあった。推理小説という仕様上、その場面はサラッと描かれている。

死んでしまったら話すことができない。そんなことは分かっている。

彼らが暮らす町は違う。死者は甦る。話すことができる。それではBLANKEY JET CITYが歌うような状況なのか。

生きているときと死んでいるときが実はそんなに変わらないものだとしたら?

俺の答えはノーだ。生きているときと死んでいるときは違う。作中で展開される死生学にならえばイエスかもしれない。でも違う。異なっている点はどこにあるのか。

これは比喩だけれど、死んでしまった彼は大切な人の手を握ることができなかった。

説教くさいことは言いたくないし、大きなお世話だという気もするのだけれど、恥ずかしがらず、生きている間にたまに手をつなぐくらいのことをしてもいいんじゃないかなと思った。

「ああ、そういえば。私、○○さんと手をつないだことありますよ」

「まじか! 意外だなあ」

「つなぎたいですか?」

「いや、いい。高くつくから」

俺の意思を確認したときの友達の笑顔はとても素敵で、俺はそれで十分だと思ったのだけれど失敗したかなあ。一応、まだ生きている。俺は、生きているぞ!!

「雑音に埋もれたまんまの埃まみれの本音」

「前回無駄話で終わってしまって、本題に入るの忘れてました!」

「事件か!」

「5分だけ時間を作ってください。家の前でもいいんですけど」

「家の前はやめて」

連絡のあった日、ちょうど俺は日勤だった。深刻な話なのか、冗談なのか。5分なら後者かなあと思いながら友達と待ち合わせる。

「はい、これ」

「?」

友達からムラサキスポーツの袋を受け取る。

「こないだ、一緒に買い物行ったのに、結局何も買わなかったから」

「君に教えてくれたところでズボンを買ったよ」

友達からプレゼントをもらう。

「勝負パンツです」

いったいいつ俺は勝負するんだと笑った。ありがとう、とても嬉しい。お返し、何がいいかな。今のところ、思いつかない。