「36.5度のからだで、しっかりしなけりゃならないんだな」

俺の手元には、一枚のチケットがあった。「なんでもいうことをきいてもらえる券」である。本当に存在したのか、空想上のツールだと思っていた。しかしこれ、人格や品性が問われる道具というか、使うのが難しいぞ。どうしよう。

考えた俺は「一緒にライブに行ってもらえないだろうか?」ときいた。俺は本当にあるふぁきゅんのことが好きだから、だから、友達にも聴いてほしいと思ったのだ。だけれど、微妙だとも思っていた。ライブは日曜日にある。友達は、日曜に休みを取るのが難しい仕事をしていた。
「日曜日は、無理です」
「だよなあ」
「他の時に使ってもらってもいいですか?」
応えなかった。笑ってごまかした。道具を使うという解釈は二通りある。効果がなかった時、手元に残るか否かだ。HPが最大の時に薬草を使用したらどうなるだろう? 俺の解釈は後者だった。薬草は、失われる。俺の手元にあったチケットは失われた。そして、ふぁっきゅんライブのチケットが一枚残ってしまった。少し、しょんぼりした。
闇に葬ろう。ギリギリまで俺はそう考えていた。他に誘う人がいなかったわけじゃない。音楽が好きな人も、付き合いの良い人も、何人か知っている。知らない人に譲る選択肢もあった。SNSで「誰か行きませんか?」と募ればいい。だけれど。だけれども。
俺が知っている人を誘うということは、友達の代わりに来てもらうということだ。それは失礼にあたるんじゃないかと考えた。振られたから代わりに来てよ。そんなことを頼んで良いのか。俺が知らない人を誘うのも、やはり微妙だった。チケットは連番である。怖いだろう、普通に考えたら。変な人はいっぱいいる。だから、このチケットはなかったことにしよう。ずっと冷蔵庫の中に仕舞ったまま、二度と同じ間違いを繰り返さないための記念碑にしよう。そう考えていた。
いや、しかし。
ライブの10日前、俺は越川くんに相談した。困っていることは伝えず、ただ、誘った。彼の好きな音楽ではないような気もする、奥さんやお子さんのことも考えた、立って音楽を聴くことが苦手なことも知っている。全部とは言わないけれど、多くのことを俺は想像していた。その上で誘った。越川くん、助けて、俺、また間違った、そう思いながら。返信があった。
「行ってみようかな」
ありがとう。

11月24日、新宿ReNYでふぁっきゅんは歌った。

チケット代を払おうとした越川くんに俺は言う。「これは、供養なんだ」と。きみからお金をもらうわけにはいかない。納得してくれなかった越川くんは、その後のお酒代を多めに払ってくれた。起点は俺のSOSだった。だけれど、きみとゆっくりお酒が飲みたいと思っていたのも本当だ。ねえ、ブリを食べよう。「子供ができてから、こうやって誰かと外でお酒を飲むのは初めてかな」と彼は言った。言葉が沢山浮かんだけれど、俺は努めて事実を口にする。お子さんが太鼓を叩いている動画を見せてくれた。楽しみだね。音楽の話をした。ライブの話もした。彼の、慎重な批評は俺にとっての宝物だ。具体的な値ではなく、形容としての10キロヘルツ。コンテクストという言葉。文脈という意味を持っていることを俺が知るのは話し終わった後だった。だけれど、それこそ文脈で伝わっていた。そうだね、そういうものかもしれない。

彼と別れた後、俺はふぁっきゅんのライブについて考えていた。異様だった。いつものふぁっきゅんじゃなかった。まるで、いや、いつもきっと全力なのだろうけれど、理解できなかった、どうしてみんな、いつもと同じように音楽を聴いているんだ。聴くことができるんだ。盛り上がることができるのだ。歌う彼女が、俺は怖かった。さっき気づいた。俺、怖かったんだ。

なんだかずっと、お別れの言葉を聞かされているみたいだった。

来週、彼女は大阪で歌う。チケットは、最初から一枚しか買っていない。今度は問題ない。俺は大阪で答え合わせをしようと思う。

「ただいま、おかえり。遠くに、家の、明かり」

「じゃあ、何か間違いがあってきみが暇でも大丈夫なように、その日は休みを取るよ」

友達にそう言った。友達の誕生日の前日、休みであるけれど恋人が仕事なのだという。仲間の多い人だからきっと問題ないだろうと予測していたけれど。休日申請を出した。俺はいつも具体的な理由を届出書類に書いているが今回ばかりは「私用」としか書けなかった。

日にちが近くなってきた。「どうなった?」と相手の予定を聞くのもなんだか違う気がした。それは、ちょっと違う。そういうんじゃない。考えた俺は、お休みの日、家でゲームをやっていた。夕方ごろに一度仮眠をとって夜起きる。ああそうだ、お店を始めたということを仲間がSNSで発信していた。彼のお店に行こう。「来ることを教えてくれたらなにがしかのサービスをします」と書いていたけれど、連絡はしなかった。電車で20分くらいの町。最後に来たのはいつだったか。

お店に入るとカウンター席に通される。繁盛している。仲間を発見する。俺を認識するために、彼は三度見を必要とした。

「やけに俺のことを見ている人がいるなあと思って」

「きみの居場所が分かってよかった」

「働くの、一年ぶりですよ」

「ブランクを感じさせないね」

話を聞くと、7月にオープンしたばかりだという。5月は名古屋で研修を受けていたと。唐揚げのおいしい店だった。サービスで、長芋の小鉢を出してくれた。

何年か前、彼が当時仕切っていたお店のおすすめを聞いたことがある。彼は「スタッフです」と即答した。同じ質問を、俺はしなかった。確認するまでもないことだと思ったから。

仲間の顔を見に行ったことを書く。投稿する時間は意図的にずらした。

「誘ってくれたら行ったのに」

冒頭に書いた人とは別の友達がコメントを残してくれた。分かっている、だからだよ。書かなかった。到底予定とは呼べない予定を立てて、それが空振りに終わりそうだから別の人を巻き込むということを、きっと俺はやりたくなかったのだ。何を言っているのか分からねーかもしれないが、たしかに俺も、何を言っているのか分からない。なんじゃそりゃ。

俺は、なるべく約束を守りたいと思っている。それが、俺の考える正しさの一つだから。だけれどと考える。何事にも例外はある。約束もそうなんじゃないか。

約束は果たされるべきもの。この考えを改めるつもりはない。しかし、果たされるべきではない約束というものも、俺のまわりにあるのかもしれない。つまり、約束と遵守、正誤が二段階で訪れるのではないか。約束じたいが誤りだった場合、約束を果たさぬことで正しさを取り戻す。マイナスかけるマイナスみたいなことがあるんじゃないかなあということを考えていた。

「路地裏の天井、どす黒い線が空を切り裂いている」

三日間くらい、同じ設定の夢をみていた。もしくは、覚えていた。人や場所からこれは大宮の夢なのだろうと推測する。

夢は片付けのようなものであるとどこかで習ったか、本で読んだ。記憶を整理するプロセス。その他、願望が形になる場合もあるらしい。俺がみていた夢はどちらなのだろう。

夢が記憶の整理であるなら、きっとその作業は並列処理だろう。そうでなくては変な夢をみない。印象の強弱が原因かもしれないけれど、実際に起きたことを『思い出す』という夢を、俺はあまり覚えていない。

たとえば『誰かと話していた』『柏餅を食べた』『働いた』これら三つの記憶が『誰かと柏餅をつくる仕事をしていた』という夢になったりするのではないか。実際はもっと複雑で、結果、わけの分からない夢になるのではないか。

一方、記憶の整理ではなく願望が形になったものであると解釈すると「俺は誰かと柏餅をつくりたいのだろうか、なぜこのような夢を」という疑問が生まれる。

ぼんやり考えていたのは、きっと6日くらいまでのこと。翌日「出来事になる願望が存在する」と思い当たる。

願望という言葉を解体すると願いと望みになる。そして、このふたつの言葉は思いという言葉でくくり直すことができる。おそらく、思考を含まない願望は存在しない。願望は思考を前提としている。

記憶の整理か、願望か。

どっちだろうという考えには様々な結論がある。実は同じものだった、ふたつとも誤りで選択肢の中に正解がなかった、同じであるという見解はただの勘違いでこじつけだった、等々。

時制を基準に考えると、願いや望みを記憶と呼ぶケースは少ないのではないか。

「私は今、柏餅が食べたいと思っている。忘れていない」

たぶん誤りではないけれど、この文章はどこかおかしい。

「昨日、私は柏餅が食べたかった。忘れていない」

こちらの方が自然な文章だ。現在の願望が過去になったとき、願望は記憶に含まれる。転じて、記憶に含まれる思考もまた存在する。

と、ここまで書いてふと考える。俺は元々、何が言いたかったんだっけ。忘れてしまった。忘れっぽくなった。いつか、夢のなかで結論と再会する日は訪れるのだろうか。たぶんない。

「どうせなら僕がもうひとりいたならそれはそれでハッピーだ」

紆余曲折を経て、演奏会のプログラムは俺が印刷することになった。突き詰めるとそれは俺の都合だった。友達はピアノを弾く。

「あんまり手先が器用じゃないけれど、なるべく綺麗に折るよ」

「それは当日手の空いた人たちでやりますので」

「折れていないプログラムなんて見たことがない。出来上がったプログラムを渡すまでが俺の役割だ。プログラムなめんな」

そうして、久しぶりに知ったかぶりを披露したという話を続けた。友達は「たしかに。プログラムのことなら私の方が知っています」と笑った。

前日は仲間の家で合宿だという。渡すチャンスは当日しかなかった。16:30開場、17:00開演の演奏会。

「入りは何時? 時間を合わせて持っていく」

「13:00です。リハ見ていきますか?」

「遠慮しておく」

「外は暑いんで涼んでいてください」

部外者がいるのはよろしくない。友達は、気にする人はいないと言った。誰がいたところで集中していることに変わりはないと。なるほど、そういう考え方もあるのか。

「じゃあ、お言葉に甘えて。俺のことはかまわないで良いからね。俺は俺で忙しいから」

嘘じゃなかった。事前にもらったパンフレットを見ながら仲間の顔と名前を一応は覚えたけれど、完全ではなかった。一文字ずつ違ったり漢字が重なっていたりと覚えるのに苦労した。俺は結局、パンフレットの映像をそのまま記憶した。楽器を持っていれば分かる。自信はなかった。事前に覚えた記憶と現実を同期させなくてはならない。忙しい。

100人入らないくらいのホール。「室内音楽だね」小学校か中学校で習った言葉を口にする。「そうですね」

ピアノ、トランペット、フルート、ヴァイオリン。客演はサックスとヴァイオリン。ヴァイオリンの音、意外と小さい。客席から見て左側で弾いていた方がよく聞こえる。右側だとピアノの方に音が向かっているように感じられた。だけれど、譜面を置くスタンドを考えると右側にいた方がいい。ピアノにかぶる。難しい。

ピアノの天板は曲目によってその角度を変えた。マイクもアンプスピーカーもなかった時代に生まれた楽器。よくできている。

演奏会が無事終わった。良い演奏だった。音楽の機微を感じ取ることが俺にはできない。ファのところでミが鳴っていても気づけないのだ。「あそこは結構運ゲーなんですよ」そういうものか。友達が話してくれる音楽の話はいつも面白い。

俺がちょこっとお手伝いしたことに対して彼女たちはきちんとお礼がしたいと言っていた。困った俺は考えて「じゃあ、××を」と言った。これで手打ちにしよう。「そんなんで良いんですか」と友達は笑った。たしか、演奏会が始まる1ヶ月以上前の話。

だけれど、当日の流れを考えれば、それはそれで結構難しいかもしれないと俺は思っていた。約束を破ってひとりホールを出たら彼女たちは気分を害するだろうか。悲しむだろうか。水を差したくもなかった。

そっと会場を出ようとする。何人かが気づき「深爪さんは残っていてください。帰るな」と捕まった。

「良いですか。絶対に帰らないでください」

「わかった」

その間、代わりに何枚かの写真を撮った。ほら、俺が撮るからあなたもあっちに。みんなが写っている方がきっと良いから。

やがて、名前を呼ばれる。当日裏方のお手伝いをしたふたりと俺。トランペットの方から謝礼を受け取った。

「ありがとう」

俺は笑って会場を後にした。

「打ち上げ行きますか?」

「行かない」

もう一度、笑った。きっと、上手に笑うことができた。

昼、ホールに向かうときは地下鉄を使った。帰りは歩いた。マクドナルドでハンバーガーとチーズバーガーをひとつずつ買う。店員は外国の客と英語で話していた。発音が綺麗だった。9時半くらいに朝ごはんを食べたきり、何も食べていなかった。20時くらいになっていた。長い一日だった。長くて楽しい一日だった。

数ヶ月間、自分なりに頑張ったのはこんなものが欲しかったからじゃない。突っ返すわけにもいかない。俺はただ。きっと俺は日記を書く。だからそのとき何もにじみ出ないように、帰るまでに気持ちを切り替えよう。音楽を聴いた。ボリュームをふたつ上げた。馴染みのある音楽を聴いた。「物欲しそうな顔をして」昔、とある人に言われた言葉を思い出す。大丈夫だ、今日は大丈夫だった。想定内だったから、だからきっと顔には出ていないはずだ。

「ちょっと! ××!! なんで言ってくれないんですか!!!」

友達からメッセージが届いた。俺は、本音と嘘が半々の返事を送った。

「気にしなくて良いのに! てか、なんで打ち上げに来ないんですかってみんな言ってます!」

「勘弁してくれ」

「明日はお仕事ですか? この後は大宮で飲むんですか?」

「休み。一杯だけ飲もうと思っている。きみは打ち上げに集中しなさい」

避けようとしたら、きっと友達はそのことに気づく。本当のことを答えた。

「後で私も行きます」

「いつもかまってくれるから。今日はかまわなくて大丈夫だと言ったじゃないか。俺は忙しい。日記を書かなくてはならない」

「待っていてください。行きます」

打ち上げの実況が定期的に送られてくる。これなら参加した方が良かったのだろうか。すべてを伝えはしなかったけれど、俺が断った理由は三つあった。会場にいた親御さんが心配しないように。仕事で行けなかった恋人が妬かないように。部外者であるという座標を明確にさせるために。率直な感情としては、拒絶ではなく尊重だった。それに、外にいるからこそ動けるという状況もある。まわりに他人がいるという環境は、それだけで価値を持つ。これは、俺自身の価値とはまた別の話である。

「××が流れちゃったから、今度一緒にお酒を飲みましょうと言ってます! みんなが!」

なぜ順接でつながるのか。斜め上のお誘いに笑った。たぶんバレていない。だけれど、それでも彼女たちの方が一枚上手だった。

「あどけないまま眠る横顔」

やはり俺は西尾維新の小説を読まなくてはならないのだと思う。「人間強度が下がる」「能動的孤独」打ちのめされるような言葉の数々。動く画の中から断片的に見聞きしたこれらを、文章の中で知るべきなのだと思う。

「仕事から帰ってきた時、私が部屋にいたら嬉しいですよね?」

友達の冗談に対し、俺は「寝てて良いよ」と返した。前にも書いたが、俺は越川くんと遊んでいる時よく寝ていた。二人でお酒を飲み、だいたい俺の方が先に眠っていた。これは自慢であり借りでもあるのだけれど、おそらく俺は彼に起こされたことが一度もない。

だからというわけではないけれど、でも、だからということもあるのだけれど、俺は友達に「寝てて良いよ」と言った。きみの真似をしたかったのかもしれない。俺は幾度となくきみに救われたから、だから、俺も。

友達には友達の事情があり、都合があり、要望があり、結果として俺の部屋にひとりいることを選んだ。鍵はポストに入っている。そして、ポストの開け方を友達は知っている。

俺が仕事を終えて家に帰った時、友達はまだ起きていた。

「思ったより早く帰ってきた」

友達が笑った。俺は少しだけ暗い気持ちになった。この人は友達なのだ。恋人もいる。ねえ、越川くん、少しだけ辛い。俺は嫌だ。俺が憎んだあいつらと同じ人間になるのが嫌なんだ。だったら嘘をつく。あいつらと同じようにはならない。なりたくない。だから嘘をつく。

「寝てていい。襲わないから心配すんな」

電気を消した。友達はベッドで眠っている。寝息がかわいかった。いびきがうるさいと言ったのは誰だ、こんなに、静かに眠っているじゃないか。暗い部屋で、俺は床に座ってビールを飲んだ。ツイッターでつぶやいた。いつもは俺のつぶやきを見ているだけの人たち。その中の二人が返事をくれた。お前は間違っていない。そんなふうに言われた気がした。大丈夫。もう、大丈夫。

もしかしたらと思っていることがある。仮説、俺の行動規範。もしかしたら、俺は他人のために生きているのかもしれない。自分ではなく、他人のために。知らないことを知っているとは言えないから、だから俺は知っていることを増やしているのだろうかと。「大丈夫、問題ない。俺もそうだった」と言えるように。傲慢である。人は、決して等しくないから。

友達の恋人から連絡があった。友達は眠っていたから、着信に気づかなかったのだろう。

「彼氏に怒られました。いくら深爪さんだからといって、他の男の部屋で寝るな、深爪さんだって迷惑だろう、寝るなら帰れって」

俺は笑う。俺といる時は起きていろという要求を、俺はしない。きみは自由でいい。そのままで良いよ。言わなかった。

「肉焼いてた」

「気づかなかった」

「肉の匂いで起きたら怖いだろ」

「いつもの私なら起きます。よっぽど眠かったんだな」

寝たいなら寝れば良い。俺は、もらったものを他の人に返すだけだから。そうして全部返し終わったら、話はそれで終わりだと思う。

「思うままにいけよ、背中くらいは押してやるから」

仕事でとんでもないミスをやらかした。10年に一度のレベル。同僚が助けてくれた。電話と文字でやりとりをする中、彼は一切の動揺を俺にみせなかった。肝が据わっている。終わったあとは笑い飛ばしてくれた。大きな借りができた。俺は彼と同じようにできただろうか。できるだろうか。なってみないと分からないが、やらなくてはならない。それがきっと返すということだから。

「本当に申し訳ない。きみがいてくれて良かった」

彼はなんて答えただろう。昨日のことなのに、もう忘れてしまった。

日勤を終えた俺は焼鳥屋さんに行った。自業自得なのだけれど疲れた。本当に疲れた。カウンターにいる三人は見知った顔。席がひとつ空いていた。

「あとで〇〇ちゃんも来ますよ」

そうだよね、そうだと思った。彼女の座る席がない。入れ違いで帰ろう、俺はそう考えてから座った。俺もいるということを彼女の恋人が教えたのだろう。俺の方にも連絡があった。

「座る席がないから、きっと俺は帰るよ」

あちこちから引き留められる。そうこうしているあいだに、仕事を終えた友達が来た。店員は、椅子を引っ張り出して席を増やした。このお店のカウンターにはプラスワンシステムがあった。俺は仕事の話をしなかった。彼らとの会話から得られる発見は多い。仮にそれが冗談であったとしても。

「あの人は10年の間にどんなふうに変わっていったんだろう」

仲の良いあるふぁきゅん仲間が俺のことをそんなふうに言っていた。彼はツイッターに残っている俺の書き込みを全て読んだという猛者である。おおよそ10年分。消してしまったものもたくさんあるけれど、それでも膨大な時間を費やしたはずだ。ログを読み終えたあと、そう呟いたのだった。たしか高校三年生。頭が良く、礼儀正しい。

もしも俺に変化があったなら、それは周囲の影響が大きい。

「カラオケに行きたい」

友達がそう言った。俺が帰ろうとすると再び引き留められた。

「行きましょう」

歌うの、あんまり得意じゃない。でも、きみの歌は好きだ。

「いいよ、行こう」

仕事が終わった店員は彼女の恋人とお酒を飲んでいた。二人は仲が良い。席を立つ気配がない。もう少し飲んでいくらしい。カラオケ、二人で行くのか。彼らが来たのは一時間後くらい。俺は、へたくそな歌をうたった。

カラオケ屋さんを出たあと、三人は「家に行く。行かねばならないのです」と言い出した。友達は次の日早くから予定があると言っていた気がするのだけれど。コンビニで一本ずつ酒を買った。彼らを友人と呼ぶのは若干の抵抗がある。あるけれど。

「あなたは限られた人だけじゃなくて、もっといろいろな人と関わった方がいい」

昔、大切な人に言われた言葉。どうなんだろう。きみの言うとおりになっただろうか。友達100人できるかなという方向で努力しているとは言えないけれど、だけれど何人か、俺と関わってくれる人がいる。たぶん。

「僕たちに示された仮想の自由」

7月11日の木曜日、15時半。

演奏会用プログラムを作成する打ち合わせの二回目。今回で、たぶん終わり。別件である音楽の打ち合わせはベローチェか焼き鳥屋さんで行われることが多かった。

「うちくる? きみの部屋とちがって煙草が吸える」

「ベローチェも、地味に遠いですもんね」

前日の夜、北海道出張を終えた俺は部屋の模様替えを試した。ベッドの方向を90度回転させてみたのだ。比率が5:1くらいの長方形だったスペースが正方形に近づいた。誰かが来るならこちらの方が話しやすいのではないか。ワンルームがベッドによって分断された形となり、掃除と洗濯がやりにくくなったけれど、後のことは後で考えよう。

午前中にキッチンの換気扇が新しくなり、部屋の環境整備はほぼ完了した。掛布団のカバーと座布団がない。当時の俺は、掛布団と敷布団のカバーが違うということさえ知らなかったらしい。かつては、座布団らしきものがひとつあった。しかし、絵に描いたような煎餅座布団になっていたため春の大掃除祭りで捨ててしまった。客をフローリングに直接座らせるのもいかがなものか。用意しよう。

部屋の外に範囲を広げるなら共用スペースを磨くデッキブラシが欲しい。このアパート、ほとんど管理されていない状態で、共用部の照明が点かなくなって数年が経過した。まったく気にならない。「本当に人が住んでいるんだ」的を射た感想を述べたのは、たしか友達の恋人だった。

歩くところくらいは自分で綺麗にしようと思った。今、これだけ汚いのはエアコンの交換を行ったせいでもある。ベランダが汚かった。汚染は広がった。

この部屋に住んで10年くらい経つけれど、これまでに訪れてくれた人はおそらく5人。招かれざる客をひとり含む。今回の友達は6人目となる。

緊張する。この緊張は何だろう、近しいものを考えてみた。裸か。裸かもしれない。裸を見られるのと同じ類の緊張だ。いや、裸を見られる方がましな気もする。友達には、言わなかった。

やはり、床に座らせるのはいかがなものか。考えた俺は「そこに座って。床は硬い」と言い、ベッドを指でさした。彼女がどのように感じたのかは分からない。会ってしまえば、もうそれほど緊張していなかった。俺は床に座った。馴れている。

友達は藤色のワンピースを着ていた。もしかしたら、もっと専門的な名称があるのかもしれない。とても似合っていた。伝えなかった。「かわいいと思ったときはかわいいって言う」いつだったかそう宣言したけれど、そうじゃないときもある。嘘をついているだろうか。

「コーヒーと牛乳とクリアアサヒがある。クリアアサヒにする?」

我々はそれぞれの缶を開けた。

話しながら作業を進める。友達は途中から暇そうにしていた。音楽を聴いたりギターを弾いたり歌ったり。彼女が弾き語る歌のキーが半音上だったことに気づいたのは別れた後だった。さユりのミカヅキ。背もたれが欲しいとつぶやき、横になった。仕事が忙しいという話も聞いている。疲れているのだろう。眠っても構わないと思っていた。時間になったら起こせばいい。越川くんの家で、俺はいつも寝ていた、そんなことを思い出した。後になって考えてみると、歌っている友達を、横になっている友達を、見たかったのだと思う。だけれど、やるべきことがあったから。

「私よりも真剣ですね」

「真剣だよ」

「お礼は何がいいですか?」

「この間、多めに払ってくれた」

「あれもなんだかよく分からない形になったし。何がいいですか?」

手を止めて友達をみた。ワンピース、本当によく似合っている。いつだったか、俺に質問したときと同じ表情だった。答えなかった。演奏会を成功させてくれたらいいと言ったなら、俺の根源に生息するらしい気障りな感性が具現化されたことになるだろうか。冗談じゃない。実はひとつ思いついたことがあった。自分なりに一生懸命考えた結果、没にした。十分だ、答えはもう出ている。お礼は、もう頂戴している。結論は変わらない。

プログラムが、ほぼ出来上がった。

先月の28日、ちょっとしたやりとりがあった。

「11日なんですけれど、予定どおり昼で大丈夫ですか?」

「是非」

「ありがとうございます。嫁ぐ親友に、夜会おうと言われて」

「30分くらいで終わるんじゃないかな。間に合うと思うよ」

「ありがとうございます!」

最初は意図が分からなかった。後になって思い当たる。もしかして、気を使わせてしまったのだろうか。プログラムの作成が終わったらお酒でも飲もうと俺が考えていることを想定した上での確認だったなら、俺は素っ頓狂な応答をしていることになる。打ち合わせのことしか考えていなかった。だけれどと考え直す。まったく違う人と、異なる状況で、似たようなことがあった。あの夜、俺はとても悲しい気持ちになった。もし仮に友達が確認しなかったなら、俺は同じような気持ちになっただろうか。たぶんならないと思うのだけれど、確信はない。借りがひとつ増えたのかもしれない。

次の予定まで、まだ少し時間があった。

実家でつくったプレイリストに入っている楽曲が演奏会の演目と一致しているのか確認してもらった。すべて、合っていた。彼女が演目として選んだ『死の舞踏』を聴いてもらった。音源は大量にあった。俺は4つか5つを適当に選んでリストに入れた。オーケストラ、トランペット、ヴァイオリン、等々。どれかを聴いた友達は冒頭の数秒で「だせえな」と両断して次に行く。相変わらずはっきりしているというか、厳しいというか。普段とのギャップが強烈である。この人に、俺のギターを聴いてもらうのか。大丈夫か。とある音源を聴いた彼女は「最初から間違っている」と言ってまた次へ。これは、なんとなく分かった。どちらかと言えばガチ勢ではない雰囲気を、俺もジャケットから感じていたから。

「この中だと、オーケストラ以外聴かなくていいです」

怖い。だけれど、俺はいろいろ聴くと思う。彼女が良いと思う演奏、良くないと思う演奏。そうじゃないと、きっと分からないから。人よりも時間が掛かるということを自覚している。最短距離で何かを成し遂げたことが、俺にはない。

仕事柄ということもあって、友達の部屋は衣類で溢れかえっている。定期的に服を売っているという話を聞いた。季節に合わせて売るのがコツらしい。春には春のものを、秋には秋のものを。お金に困った人が反物を売る話を昔どこかで聞いたけれど「飲み代ができました」という言葉を聞いた俺は、同じように考えてはならないと改めた。

今、着ている服は夏物なのだろう。季節外れの服を着る人ではないし、とても涼やかなワンピースだったから。

来年の春に伝えたいことがある。藤色のワンピース、できることなら売らないでほしい。とてもよく似合っているから。そして、もしも俺が伝え忘れたなら、それは言わなくて良いことだったのだろう。

「ドーはドーナツのド」

母親がクラシック音楽と仏教に興味を持ったのはいつだろう? おそらく、俺が実家を出た頃だと思う。季節に一度くらいの頻度で近況を伝え合う中、なんだかいつもKitaraに行っているなあと思っていた。あのホールを「悪くない」と言っていたのは高校の教師だろうか。開館は97年の7月らしい。今、俺は時期から逆算している。とはいえ、高三の俺が音楽を履修していたとは思えない。もしかしたら違うかもしれない。大学かな。一年目で、俺は一般科目の音楽を履修している。いや、違うかもしれない。大学だ、こっちは合っている。けれど、音楽の講師ではない気がしてきた。自らタカ派を名乗る弁護士がいた。彼かもしれない。

母親が好きだったコンサートホール。いつか、きっと行ってみよう。

「きみが薦めてくれた音源はきっと後で聴く」

友達に伝えると「私が薦めたものを聴かないと意味がない」といった内容の応答があった。

俺はきみの言っていることを、ちゃんと理解しているだろうか。いちいち確認していないから分からない。分からないなりに挑戦の意思表示であると受け取った。基準もしくはハードルを自ら設定しているのだと。

「親がクラシック好きだったから、まずはそっちを聴いてみたい。ないものもあるだろうけど」

俺の記憶が確かならCDはここに。キャビネットのひとつを開けると100枚くらいのCDが納まっていた。もしかしたら、どこか他の所にも保管されているかもしれない。DVDが見当たらない。母親のことだ、きっとどこかに。すべてをエクセルで管理している可能性も高い。父親には聞かなかった。まずは見える範囲で良い、そう思った。

CDは6つのジャンルに分けられていた。『ピアノ』『チェロ他』『オーケストラ』『ヴァイオリン』『室内楽』『協奏曲』という手書きのメモが添えられている。たぶん、きちんと整頓されている。が、俺の知識が不足していて、少しだけ途方に暮れた。プログラムに書かれた「フルート・ソナタ」とここにある「フルートとピアノのためのソナタ」は同じ曲だろうか? 作曲者は一致している、演奏会でもフルートとピアノが一緒に演奏するらしい、きっと同じだろう、一つひとつがそんな感じだった。少々極端な言い方をすれば、俺はビートルズとジョンレノンとゲット・バックの区別が付いていないようなものだ。不安を抱えたまま、該当する曲が収録されていると思われるCDを抜いていった。ツィゴイネルワイゼンだけで3枚ある。大丈夫か。

半分くらい揃った。俺は、友達に進捗を報告した。

「凄い」

そうだろう、うちの母ちゃんはすごいんだよ。言わなかった。

「シフのCDがある」

「しふ?」

「アンドラーシュ・シフ。私が一番好きなピアニストです」

友達がそう言ったときの、俺のあの感覚をどのように表現したら良いのか、まだ言葉が見つかっていない。俺はシフという音楽家のことを全く知らない。20枚近くあるピアノのCDの中に彼の演奏が含まれていることが必然なのかどうか確信が持てない。おそらく必然なのだろう。だけれど、友達が当たり前のことを言うだろうか。分からない、俺は確認しなかった。見てもらいたかったのは集合であり、母親の字だった。友達はきっと写真を拡大した。そして、CDのタイトルにピントが合っているとは言い難い画像の中から彼の名前を見つけた。

「きみ、目が良いね。俺、まだ見つけられていない」

「ピアノのノのあたりです。シューベルトのやつ」

「シフさんも聴いてみる」

「彼のベートーヴェンも良いですよ」

母親と友達は同じ音楽を聴いていた。俺が知らない音楽を。

「ショパンのバラード集も見つけたんだけど作品ナンバーが書かれていない」

「バラード1番は、ド#ーーーーミラシド#ラから始まるやつです」

教えてくれたとき、この人意地悪だなあと思った。音階が分からんのだ、言われたところで。

「まちがえた。ドーーーーミ♭ラ♭シ♭ドラ♭」

「もうこの人やだ。キーの話か」

「調号ミスった」

ある金曜日、俺は友達に会いに行かなくてはならなかった。俺の都合で、どうしても会わなくてはならなかった。歩きながらショパンのバラードを聴いた。

ドから始まっていた。

いや、ちゃんとドーーーーって。

笑ってしまった。まじか。俺は誰のこともちゃんと分かっていない。友達のことも、母親のことも。

「バラード、本当にドーーーーから始まっていた。あなた、親切な人ね」

「でしょ!」

「生まれ変わってもまた会おう、同じ場所でまた会おう」

「パソコン得意ですか? 得意ですよね。パソコン持っていますもんね」

友達の問いは質問という形を採りながら、実質的には俺に何も聞いていなかった。

何年か前に、全く異なる場面でこの手口を使っている人を見たことがある。とある舞台が終わった後の対談でそれは起きた。司会が観客に求めたのは質問だった。一方、マイクを手にした観客の一人が口にしたのは非難だった。非難がよろしくないとは言わない。俺は、批判や批評に興味があったけれど、悪いとは思わない。ただ、彼のアプローチが気に食わなかった。前半では質問のような文法を選びながら徐々に非難に寄せていく彼が不愉快だった。俺だったら「これは非難です」と最初に伝えるだろう。そのあと司会が話を切るなら相手か場が非難を求めていないということだ。そのまま黙ればいい。話が逸れた。

友達の言葉は不愉快じゃなかった。その勢いは潔く、何か困っていることがあると分かったから。

「得意とはいえない。たぶんバイエルを卒業したくらい。どした?」

「演奏会のプログラムを作って欲しい」

「センスない」

「なくて良いです」

「いいよ」

「ありがとうございます」

「ひとつお願いがある」

「はい!」

「俺が関わったことは言わないで欲しい」

「恋人に?」

「うん」

「もちろんです」

自分の考える礼儀を優先していたら失敗した。昨年の話だ。だから、礼儀より優先するべきものがあるかもしれないと考えている。これは今年の話。一般論ではなく個人的な話である。

音大の仲間たちと再び集まりコンサートを開くという話は聞いていた。

プログラムなんて作ったことないぞ。「こんな感じで」と画像が送られてきた。なるほど、試しにやってみる。少し考えてから、友達の母校を検索する。学校案内に添えられたイラストと校章をコピーして貼り付けてみた。おお、なんかそれっぽくなった。なお、校章の拡張子は俺の知らないものだった。なんだろう、これ、保存できない。違うところから持ってきた。

「怒られるかなあ」

独り言。

「絶対怒られる」

これも、独り言。

友達に「こんな感じ?」と送った。

「ありがとうございます! ……待ってください、これ、うちの校章ですか?」

「勝手に持ってきた」

「ひっさしぶりにみました」

「イラストも学校のやつを」

「初めてみました」

「やっぱりダメかな」

「当日渡すものなので多分バレないとは思うんですけど……」

細かいところは直接打ち合わせたいと言われた。

「あれ友達にも見せたんですけど」

「え、見せたの」

「見せました。気持ちは嬉しいけどやっぱり良くないだろうって」

「俺もそう思う」

「絶対やめさせるってみんなに言ってきました」

「きみも大変だね」

「みんなも、ちゃんとお礼したいって」

「俺のことも話したの?」

「飲み屋で知り合ったおじさんて」

「それはひどい」

「なんて紹介したら良いのか分からなくて」

友達、心配していないと良いけどなあ。

「お礼は、いいよ。きみが言ってくれたからもう十分」

俺がそう言ったとき、友達がどう思ったのか分からなかった。拒絶じゃないんだ。そうじゃないんだけど、たいしたことやってないし、だけれど、どうなんだろう、もうちょっと考えてみる。

表紙に関しては友達のアイデアを採用した。俺の考えじゃないから自画自賛にはならないだろう、これ、いいぞ、誰かに自慢したい。

そういうわけで、実家に帰った俺はクラシックの音源をせっせと携帯電話に入れている。音楽は好きだけれどクラシックのことはほとんど何も知らない。不安だ、不安でしかない。耳もよくないしなあ。

「できればですね。どういう曲か知ってもらってから来ていただいた方が」

「きいてみる」

約束は、できる限り守りたい。

「僕には無縁だと思っていた」

大好きな人がいる、尊敬している人もいる。それはもう、両手では足りないくらい。「敵わない」とも思う。勝ち負けの定義が曖昧だけれど、これは一種の敗北感だろうか?

しかし、あの人のようになりたいという意味で憧れることはほとんどない。俺自身がなりたいわけじゃない。これは何かを押し付けているのだろうか? 「搾取」という言葉を何年か前に聞いた。同じだろうか。

考えてみる。

小学校の高学年くらいから徐々に、特に右目の視力が落ちていった俺は、当時の担任教師が使っている眼鏡と似たものを買ってもらった。たぶん似合っていなかった。ベッコウ模様の、大きな眼鏡。あの人のようになりたい、俺がそう思ったのはその時が最後かもしれない。

厳密には、高校に進学したとき江神二郎に憧れて煙草の銘柄を決めているのだが、あれは、ちょっと、事情が異なるというか、ノーカウントにしたい。

羨ましいと思うことや妬むこと、歳を重ねるたびに減少している。最初は、羨望や嫉妬が俺にはまったくないと書きかけたのだけれど、誤りだと思う。自覚していないだけで、もしくは自覚しないようにしているだけで、俺の中にもそのようなものが確かにあるのだろう。

以前、同じことを書いたかもしれない。

その日の俺はいつもより早くに起きた。家を出たのは15時か16時。会社に向かう途中、買い物帰りの友達とすれ違った。友達は恋人と一緒だった。二人の両手にはビニール袋、スーパーで買い物を終えた帰り道なのだろう。二言三言、言葉を交わした。

彼らのようになりたいと思ったわけじゃない。でも、ほんのちょっと、少しだけ、悲しい気持ちになった。ないものねだりだ。俺は、俺が決めた幸せを無視している。だってそうだろう、好きな時間に起きて好きな時間に寝て、酒を飲んで、煙草を吸って、ゲームで遊んで、アニメを観る。ギターを弾こうとして、やっぱり駄目だと投げ出して、だけれど音楽が好きだから、音楽に憧れているから、もう一度やってみて。やっぱり駄目で。俺の暮らしを選んだのは誰でもない俺自身じゃないか。彼らは求めなかった、俺は求めた、それだけの話じゃないか。

「だって、最近、全然会って――」

いつだったか、偶然居酒屋で会ったとき、友達は最後まで言わなかった。俺は、いつものように笑ってごまかそうとしたのだけど、友達はきっと何かに気づいたのだろう。俺が友達を避けようとしていたこととその理由。答え合わせをするつもりはない。友達の勘は鋭い、おそろしいほど、いろいろなことに気づく。敵わない。だから、合っていると思う。

考えていた。

それからしばらく経って、俺は友達に「君の顔がみたい」と言った。会った後に「顔がみたかった」と動機を伝えることや文章の中で地の文として使うことはある。しかし、過去形ではないかたちで誰かに言ったのはおそらく初めてのことだった。

避けていることを伝えるつもりがないのだから、避けるのをやめたこともまた、伝えなかった。言わなくても分かってもらえるという考えはなかった。分かってもらえなくて構わないという諦めもなかった。もう一度同じ失敗を繰り返すかもしれない。そのとき、俺はひどく後悔すると思う。だけれどもしそうなっても「やっぱりか」と思わないようにしよう、言わないようにもしよう、それはただの甘えだから。俺が自分なりの覚悟を決めたのは6月9日のことだった。

一週間経過した。

友人の芝居を観た後、俺は近所の焼き鳥屋さんに行った。23時半くらいだったと思う。日が変わる前に帰ろうと思っていた。「2杯飲んだら帰るよ」と店長に伝えた。詳細は割愛するけれど、結果的に日付が変わってしまった。友達が来たばかりで、じゃあ帰るねとも言い出せず、困ってはいないけれどどうしたものかなあと思っていた。

午前2時になった。閉店時間だ。店には3人残っていた。店長と、彼と俺。二人は、俺の誕生日を祝ってくれた。

友達を呼んだのは店長だった。「来たら教えて」と依頼されていたらしい。店長は友達との約束を果たした。そうして「絶対に帰すな、なんとか引き延ばせ」という新たな依頼を受け合った。警察の逆探知みたいだね。感想を伝えた。

もしも誕生日までに俺が来なかったら、アパートの、俺の部屋の前にプレゼントを置くつもりだったらしい。

俺としては、1日ずらしたつもりだった。日が変わった瞬間にお祝いしてもらえるとは思っていなかった。ひとりで誕生日を過ごすつもりだった。それが、俺の決めたことだから。日の変わった午前0時11分に札幌の友人がメッセージをくれた。もう十分じゃないか。少し前に、俺はひとりで死ぬことの難しさについて考えている。今はまだ無理だ。ひとりで死ぬことはできない。俺のことを覚えている人がいる。

彼らと別れた帰り道、君の知らない物語を口ずさむ。今日もへたくそだなあ。それでも俺は音楽に憧れている。音楽をやる人にじゃなくて、音楽に憧れている。そういうわけで40歳になりました。江神さんより一回り以上年上になってしまった。こんな感じで、なんだか申し訳ない。

「泣きたいときほど涙は出なくて」

以前「あなたの優しさは彼とは違う。彼は誰にでも優しいけれど、あなたはそうじゃない」という内容の指摘を受けたことがある。どうしてだろう。ぼんやりと理由を考えていた。相手の中に共通の要素もしくは因子があるだろうか。しばらく経って、違う話をしているときに「ああ、分かった」と俺は言った。

「俺、格好悪い人に厳しいんだ」

そして、格好悪いか格好良いかを、甘えているかいないかで考えているらしいと俺は続けた。

「私の恋人、滅茶苦茶甘えん坊ですよ」

「俺には甘えてこないもの」

「たしかに」

上記のやりとりがあったのは4月の上旬である。あれから一か月近くが経過した5月1日、俺はまた甘えるということについて考えていた。ひとつの例外を除いて、俺はなるべく甘えないようにしている。そう思っていた。けれど、認識に誤りがあった。

きっかけは『飯活』である。まとめサイトか何かでこの言葉を知った俺は、少し動揺した。飯活……だと……。何らかの活動を〇活と呼ぶことはなんとなく知っていた。しかし、これは……。バブル時代の再来なのか。

友達に連絡した。

「社会が俺を殺しに来ている」

友達からは「あなたは大丈夫」という内容の返事があった。少し落ち着いた。そして、今、俺は友達に甘えたということを自覚した。「大丈夫」という言葉を要求したつもりはなかった。だけれど、結果的に甘えていた。さらに気づく。ああ、そうか、そうだったのか。俺が誰にでも優しいわけではないという指摘、俺が思う格好悪い人。これ、同属嫌悪だったんだ。そうだったんだ。自分に似ている奴が気に食わないということだったのか。もしくは「泣きたいのはこっちの方だ」という逆恨みかもしれない。いやはや、まいったね。よろしくない。

「僕と君と、あなたと私がいて」

「動機の言語化か。あまり好きじゃないしな」

クロロ=ルシルフルのセリフは、衝動に対する理由の後付けが本意ではないという意味だろうか。俺はというと、比較的言葉や文字に起こすことが多い。仮に説明になっていなくとも、自分が納得できればそれでよいと思っているのかもしれない。ジャイロ・ツェペリのセリフも引用したい。

「納得は全てに優先するぜッ!! でないとオレは前へ進めねえッ!」

3月25日の夕方、友達にメッセージを送った。要約すると「やってみようと思う」という内容だった。彼に宣言するのは、これで何度目だろう。頑張ってみると言いながら投げ出したりそっと仕舞ったり、そういうあれこれがいくつかある。他方、一応は形になったものもある。彼はいつだって「楽しみにしている。頑張って」と言ってくれた。これも意訳だけれど。たぶん、違う言葉だった。動機も伝えた。それは、彼に宣言した理由だった。

「君に言えば、俺、ちゃんとやるかもしれないから」

今回は、ソロプレイである。継続しているチームプレイもあるけれど、この話は俺で始まって俺で終わる。締め切りは一年後に設定した。読みかけの本を読もう。読んでいない本も読もう。君が聞いてくれるから形になる物語がある。いつもありがとう。

「話したいこと、山のようにあったけれど」

我が家の大掃除を敢行した。3月29日に開始、4月7日に完了。大変だった。

2016年の9月、友人の来訪を機にできるだけのことをやったのだけれど、十分ではなかった。そのときは友人が掃除軍曹となり、部屋が綺麗になった。

「あとはお風呂場の維持だね」

「頑張る。感謝している」

あれから3年、俺の部屋は秩序を失った。約束を破るつもりはなかったのだけれど、あのときよりはマシなのだけれど、結果的には破ってしまったのかもしれない。人を呼べない空間になった。出張が終わると「帰ってきた!」と安堵するより「きたねーな」という思いが先に立つ。ここよりも散らかっている部屋を俺は知らない。休日はベローチェや居酒屋にいることが多かった。

掃除と並行して自炊も再開した。賞味期限の切れた調味料から推測するに、4年か5年ぶりである。ほぼ毎日、家で食べている。

「どうして、突然自炊を始めたんですか?」

友達に訊かれた。

「掃除していたら贈り物のフライパンが発掘されたから」

異なる日、同僚にも訊かれた。

「どうして掃除を?」

俺は「なんとなく」と答えただろうか。覚えていない。もしそうなら、本当のことを言っていない。正しくは「自分のため」である。そしてそれは「友達のため」を経由している。あの日、二日間ほど泊めてもらえないだろうかと友人に言われたときと動機の質は変わらない。友達のためにシェルターをつくろう、そう思った。そんな日は来ない方がいい。そう思いながら掃除した。

4月5日の午前中、会社の車を借りて、粗大ゴミを捨てに行った。さいたま市の桜環境センター。桜並木が延々と続いていた。1キロくらいだろうか。綺麗だった。身分証を提示し、施設の中へ。誘導されるまま駐車する。そこには二人か三人の職員がいて、てきぱきとゴミを受け取ってくれる。凄いなあ。ゴミを捨てた後は、また車に乗って精算機が備え付けられている出口へ。コインパーキングのような感じ。無料だった。レシートを見た俺は、しばらく経って意味を理解し、また感心した。

総重量 1,680キロ

空車重量 1,640キロ

正味重量 40キロ

そういうことか! ゴミを捨てる前と捨てた後の車の重さを比べて計算しているのだ。常識かもしれないけれど、知らなかった。本当に、知らないことばかりだ。しかし、いつの間に車の重さを量ったのだろう。まったく気が付かなかった。

入口に一人、誘導する人が一人、ゴミ捨て場に三人、出口に一人。それと施設。俺のゴミを処分するために、想像を絶するお金が掛かっているのだろう。税金大事だなあと感じた。ふだんから週に二回か三回、ゴミを捨てているのだけれど改めてそう感じた。

「部屋、片付いたよ」

友達に報告する。お給料が入ったらランタンを買おう。ユニットバスの電気が点かないのだ。そして5月か6月に、きっとエアコンを直そう。

「ペットボトルが山盛りならば」

「深爪さんの部屋が綺麗だったら転がり込んでいたのに」

友達の冗談に俺は応える。

「俺のことを信じてくれるのはありがたいけれど、余計にこじれるんじゃないか」

部屋が汚い。病的に汚い。ゴミの地層こそ形成していないものの、ゴミとゴミじゃないものが混然一体となっている。いつだったか「それはたぶん全部ゴミだよ」と越川くんに言われた。たしかに、その通りかもしれない。

部屋が汚いことを友達は知っている。彼らが部屋に訪れることを俺が本当に嫌がっていることも知っている。年末に大掃除をやろうと思っていた。やらなかった。さぼったのだ。

最後に布団を干したのはいつだろう。床を拭いたのは。思い出せなかった。

友達の冗談について考える。

彼女が俺の部屋に来ることはきっとないだろう。だけれども。

「逃げ場所がないというのはしんどいもんだ。掃除しておくから好きなときに使っていいよ。俺がいなくてもいい」

俺はそこにいない方がいい。こっちは、言わなかった。

そんなわけで掃除を始めた。5月1日を締め切りに設定している。メーデー、メーデー。冗談です。俺は助けを求めていないし、シュプレヒコールにも興味がない。一度の掃除で45リットルのゴミ袋が二つずつ出来上がっている。

掃除が終わったら、きっと友達に伝えよう。

「部屋は片付いたけれど、エアコンは壊れているよ」

「次はきみの番だと笑っている」

アパートの近くにあるコンビニに寄ると見覚えのあるリュックサックを背負っている人がいた。北欧のリュックサック、モスグリーンのコート。彼女はおにぎりコーナーにいた。顔はみえないけれど、髪の長さと色も記憶と一致した。ただし、まっすぐだった。友達の髪はまっすぐじゃない。服装も、ちょっと違った。俺は一度店を出た。他人の空似だよな。もう一度店に入って、アイスコーヒーを買った。別人だった。

「きみに似ている人がいた。でも髪がストレートだったし、ジーンズをはいていたし、違う人だった」

「飲んでいます。この後、友達と合流するんですけど、一緒に飲みませんか?」

その日、俺は眠かった。夜勤が終わって3時間くらい寝て起きて日勤を終えたのだ。5時間勤務。

「客が私しかいないんです。きてー。早くきてー」

それではお友達が来るまでと彼女に伝えた。

「一回店を出たんですか?」

「うん」

「不審者すぎる」

「ね」

「その時間に私がおにぎりを買うことはありえません」

「そうなのか。後ろ姿、似ていた」

「あの」

「うん」

「怒るかもしれないんですけど」

「ん?」

「もう一回、録り直したいです」

「怒らないよ。納得がいかない?」

「はい」

「あんまり、内緒ごとを押し付けたくないんだけど、彼に言わないなら」

「気にしすぎだと思いますよ」

俺は訂正しなかった。彼のことはあまり考えていない。きみのことを考えている。もう、あんなふうに弱っているところを見たくなかった。

「やろう。もう一度」

「はい」

俺は理解を求めていないのかもしれない。それは、あるいは怠惰かもしれない。お別れの挨拶を、俺は既に済ませている。だから大丈夫。もう大丈夫。もう一度、やろう。