「そんな勇気なら、ない方が良かった」
大学の同級生から連絡があったのは、とある日曜日の12時ごろ。
「相談したいというか、話したいことがあるんだけれど、今日時間ある?」
「仕事休み。大丈夫」
2時間後くらいに、と彼は言った。嫌な予感がしていた。彼からの連絡が数年振りだったから。世間話ではないだろう。今日のお昼ご飯は何にしよう、そんな話ではないのだろう。人を殺したとかじゃないといいなあ、俺はそう思った。仕事かな。職を探しているのだろうか。どこか、紹介できるところがあっただろうか。俺の勤め先は、おすすめできない。
「久しぶり」
「おう。どした?」
「あのさ」
「うん」
「俺、人を殺したかもしれん」
そんなことだろうと思ったよ。言わなかった。「詳しく話して」A4のメモ用紙とペンを用意する。黒は行方不明、赤で書く。一通り聞き、メモをみながら数点確認した。
「なるほど。気にするなとは言わないけれど、きみは人を殺していない」
結論を伝える。あんまり、気を落とすなよ。そう言って、電話を切った。
少し、疲れた。
◇
同じ日の22時ごろ、違う友達から連絡があった。
「彼には連絡しないでほしいんですけど」
嫌な予感がした。もし仮に既視感というものが世界に漂う不具合でないのなら、これは、明らかに既視感である。
「彼はひどく動揺していて。私も動揺してて、それで深爪さんに連絡しちゃったんですけど」
話を聞いた。俺の率直な感想は「俺が何をした」だった。どうして、俺ばっかり。なんでだよ、友達に文句をいうわけにもいかない。いっぱいいっぱいの友達を、責めることなんてできない。弱音も吐けない。言葉を選ぶ。本当なら「うんうん分かるよ。そうだね。きみのいうとおりだ」と言えた方が良かったのだろう。俺にはできなかった。違うと思うことに対して「俺もそう思う」と応えることがどうしてもできなかった。言葉を選ぶ。選んで、選んで、選んで。首のうしろがちりちり焦げる感覚。髪の毛が薄くなったらきみらのせいだからな、それくらいには思っていた。
「気持ちは分かる」「それはきみが決めることじゃない」「俺は何度でも反論する。いいかげん、その考えから離れなさい」とげとげしくなかったと言えば嘘になるけれど、それでも、自分なりに気をつけて話した。会話の終わり間際に友達は繰り返す。
「彼には言わないでください。私が話したということ」
「それは彼のために?」
俺が知りたい答えは返ってこなかった。
「たぶん、話してほしくないだろうから」
「俺は何も聞いてない。このやりとりは消しておいて」
「わかりました。ありがとうございます」
きみは自覚しているだろうか。きみは、俺に対して嘘を要求したんだ。大好きな彼を騙せと言ったんだ。「貸しひとつね」思ったけれど、彼女はおそらく「借りた」と思っていないだろう。
突然、俺が彼に連絡しなくなるのもおかしい。勘の良い子だ、何かに気付くかもしれない。いつもどおりに連絡した。嘘ひとつ。文章もいつもどおり書いた。嘘ふたつ。
まじできつい。友達の顔が浮かんだ、けれど、俺は助けを求めなかった。なんで俺ばっかり。もう一度、そう思った。ギターを弾いた。たまにはさ、こんなときくらいはさ、被害者ヅラしたってバチは当たらないだろう。
◇
それから数日経過した。知人から連絡があった。数往復のやりとりの後、俺の日記に関する話になった。
「俺、書いていて大丈夫ですか? 問題ないですか?」
書くということ、迷いがないと言えば嘘になる。迷いながら、それでも書くことをやめていない。
「大丈夫。深爪くんの文章に嘘はないし、人を傷つけるものでもない。私は、全部読めているわけではないけれど楽しみにしています。胃の中のものをあそこまで文章化できるのは、もはや特技だと私は思います。続けてください」