「そんな勇気なら、ない方が良かった」

大学の同級生から連絡があったのは、とある日曜日の12時ごろ。

「相談したいというか、話したいことがあるんだけれど、今日時間ある?」

「仕事休み。大丈夫」

2時間後くらいに、と彼は言った。嫌な予感がしていた。彼からの連絡が数年振りだったから。世間話ではないだろう。今日のお昼ご飯は何にしよう、そんな話ではないのだろう。人を殺したとかじゃないといいなあ、俺はそう思った。仕事かな。職を探しているのだろうか。どこか、紹介できるところがあっただろうか。俺の勤め先は、おすすめできない。

「久しぶり」

「おう。どした?」

「あのさ」

「うん」

「俺、人を殺したかもしれん」

そんなことだろうと思ったよ。言わなかった。「詳しく話して」A4のメモ用紙とペンを用意する。黒は行方不明、赤で書く。一通り聞き、メモをみながら数点確認した。

「なるほど。気にするなとは言わないけれど、きみは人を殺していない」

結論を伝える。あんまり、気を落とすなよ。そう言って、電話を切った。

少し、疲れた。

同じ日の22時ごろ、違う友達から連絡があった。

「彼には連絡しないでほしいんですけど」

嫌な予感がした。もし仮に既視感というものが世界に漂う不具合でないのなら、これは、明らかに既視感である。

「彼はひどく動揺していて。私も動揺してて、それで深爪さんに連絡しちゃったんですけど」

話を聞いた。俺の率直な感想は「俺が何をした」だった。どうして、俺ばっかり。なんでだよ、友達に文句をいうわけにもいかない。いっぱいいっぱいの友達を、責めることなんてできない。弱音も吐けない。言葉を選ぶ。本当なら「うんうん分かるよ。そうだね。きみのいうとおりだ」と言えた方が良かったのだろう。俺にはできなかった。違うと思うことに対して「俺もそう思う」と応えることがどうしてもできなかった。言葉を選ぶ。選んで、選んで、選んで。首のうしろがちりちり焦げる感覚。髪の毛が薄くなったらきみらのせいだからな、それくらいには思っていた。

「気持ちは分かる」「それはきみが決めることじゃない」「俺は何度でも反論する。いいかげん、その考えから離れなさい」とげとげしくなかったと言えば嘘になるけれど、それでも、自分なりに気をつけて話した。会話の終わり間際に友達は繰り返す。

「彼には言わないでください。私が話したということ」

「それは彼のために?」

俺が知りたい答えは返ってこなかった。

「たぶん、話してほしくないだろうから」

「俺は何も聞いてない。このやりとりは消しておいて」

「わかりました。ありがとうございます」

きみは自覚しているだろうか。きみは、俺に対して嘘を要求したんだ。大好きな彼を騙せと言ったんだ。「貸しひとつね」思ったけれど、彼女はおそらく「借りた」と思っていないだろう。

突然、俺が彼に連絡しなくなるのもおかしい。勘の良い子だ、何かに気付くかもしれない。いつもどおりに連絡した。嘘ひとつ。文章もいつもどおり書いた。嘘ふたつ。

まじできつい。友達の顔が浮かんだ、けれど、俺は助けを求めなかった。なんで俺ばっかり。もう一度、そう思った。ギターを弾いた。たまにはさ、こんなときくらいはさ、被害者ヅラしたってバチは当たらないだろう。

それから数日経過した。知人から連絡があった。数往復のやりとりの後、俺の日記に関する話になった。

「俺、書いていて大丈夫ですか? 問題ないですか?」

書くということ、迷いがないと言えば嘘になる。迷いながら、それでも書くことをやめていない。

「大丈夫。深爪くんの文章に嘘はないし、人を傷つけるものでもない。私は、全部読めているわけではないけれど楽しみにしています。胃の中のものをあそこまで文章化できるのは、もはや特技だと私は思います。続けてください」