「あどけないまま眠る横顔」
やはり俺は西尾維新の小説を読まなくてはならないのだと思う。「人間強度が下がる」「能動的孤独」打ちのめされるような言葉の数々。動く画の中から断片的に見聞きしたこれらを、文章の中で知るべきなのだと思う。
「仕事から帰ってきた時、私が部屋にいたら嬉しいですよね?」
友達の冗談に対し、俺は「寝てて良いよ」と返した。前にも書いたが、俺は越川くんと遊んでいる時よく寝ていた。二人でお酒を飲み、だいたい俺の方が先に眠っていた。これは自慢であり借りでもあるのだけれど、おそらく俺は彼に起こされたことが一度もない。
だからというわけではないけれど、でも、だからということもあるのだけれど、俺は友達に「寝てて良いよ」と言った。きみの真似をしたかったのかもしれない。俺は幾度となくきみに救われたから、だから、俺も。
友達には友達の事情があり、都合があり、要望があり、結果として俺の部屋にひとりいることを選んだ。鍵はポストに入っている。そして、ポストの開け方を友達は知っている。
俺が仕事を終えて家に帰った時、友達はまだ起きていた。
「思ったより早く帰ってきた」
友達が笑った。俺は少しだけ暗い気持ちになった。この人は友達なのだ。恋人もいる。ねえ、越川くん、少しだけ辛い。俺は嫌だ。俺が憎んだあいつらと同じ人間になるのが嫌なんだ。だったら嘘をつく。あいつらと同じようにはならない。なりたくない。だから嘘をつく。
「寝てていい。襲わないから心配すんな」
電気を消した。友達はベッドで眠っている。寝息がかわいかった。いびきがうるさいと言ったのは誰だ、こんなに、静かに眠っているじゃないか。暗い部屋で、俺は床に座ってビールを飲んだ。ツイッターでつぶやいた。いつもは俺のつぶやきを見ているだけの人たち。その中の二人が返事をくれた。お前は間違っていない。そんなふうに言われた気がした。大丈夫。もう、大丈夫。
もしかしたらと思っていることがある。仮説、俺の行動規範。もしかしたら、俺は他人のために生きているのかもしれない。自分ではなく、他人のために。知らないことを知っているとは言えないから、だから俺は知っていることを増やしているのだろうかと。「大丈夫、問題ない。俺もそうだった」と言えるように。傲慢である。人は、決して等しくないから。
友達の恋人から連絡があった。友達は眠っていたから、着信に気づかなかったのだろう。
◇
「彼氏に怒られました。いくら深爪さんだからといって、他の男の部屋で寝るな、深爪さんだって迷惑だろう、寝るなら帰れって」
俺は笑う。俺といる時は起きていろという要求を、俺はしない。きみは自由でいい。そのままで良いよ。言わなかった。
「肉焼いてた」
「気づかなかった」
「肉の匂いで起きたら怖いだろ」
「いつもの私なら起きます。よっぽど眠かったんだな」
寝たいなら寝れば良い。俺は、もらったものを他の人に返すだけだから。そうして全部返し終わったら、話はそれで終わりだと思う。