「もう戻れないねあの頃に。みんな輝いていた」

「あの頃は良かった」「あの頃は輝いていた」という考えが嫌いだ。補正を疑う。本当にそうか? 光点は過去にあるのか? 現在じゃなくて? 今ここから光を照らして「輝いていた」と錯覚しているだけじゃないのか。そう思うのだ。懐古のすべてを否定するつもりはないし、俺もまた、嫌いであると言いながら「楽しかったよね」と感想を口にすることもある。人には言わないけれど、自分のその感覚を、俺は疑っている。

それでも、楽しかった。

この二人はお付き合いを始めるのだろう。そう思っていた。きっと、本人たちより早く分かっていた。俺は二人とも大好きだ。またひとりぼっちになるけれど、それもしょうがない。俺の責任だから。二人が付き合い始めたのは、たしか4月12日。

「ひとりでいるときよりも誰かといるときの方が孤独を感じる」

これは越川くんが俺に話してくれたこと。本当に、その通りだと思う。あまり1の人。これは、俺の言葉。俺はどこにいても、誰といても、あまり1だから。等号のそばじゃなくて、三点リーダーのとなり。ここにいることを選んだのも、たぶん俺なんだろう。「そこにいろ」と誰かに指示された覚えはない。どうしてだろうと考える。選択できたのだろうか。違う選択肢が、俺にもあったのだろうか。

その日、俺たちは友達の家で酒を飲んでいた。4月6日の月曜日。最初は三人だったけれど、その後もう一人合流する予定だった。彼の家は、セミオートロックである。辞書を引いていないから、もしかしたら誤った表現かもしれない。暗証番号を知らないと先に進めない。

「これが、僕の最後の砦なんです」

彼はそう言った。仲良しである彼女にも暗証番号は伝えていないらしい。

最後の一人が近くまで来たのは22時半頃。彼に電話があった。下まで降りるのが面倒くさくなってしまったのだろう。彼は、暗証番号を口にした。入力すれば開くから、と。俺は酒を飲みながら、話を聞いているということを表情に出さず、彼女にLINEを送った。

「××××を二回」

用件のみ。俺は彼女を見なかったけれど、スマホを見る彼女が目の端に入った。返信はなかった。少しだけ、笑っていたかもしれない。

通話を終えた彼は、彼女に「スマホを見せろ」と言った。

「やっぱり。深爪さん、絶対送ったと思いました」

たいしたものだ、よく分かったねと俺は感心する。彼女は「あのね」と彼に言った。

「深爪さんからのLINEを消しても無駄だよ。カメラロールにも残っているから」

最初、俺は何を言っているのか分からなかった。なぜ、LINEがカメラロールに残るのだ。そんなバックアップ機能があるのか。察した彼は、諦めたらしい。俺は彼女にたずねる。

「どういう意味?」

「深爪さんからLINEが来たとき、彼に消されるかもしれないと思ってスクショを撮ったんです」

きみ、凄いな。瞬く間にそこまで想定できるのか。

俺が送る、彼女がスクショをとる、彼が気付く。何一つ欠けてもあの時間は生まれなかった。刹那とは75分の1秒であるという説があるらしいけれど、あの一瞬、確かに三人の呼吸が合っていたのだと俺は思う。本当に笑った。本当に、楽しかった。

今、日記を書きながらふと気付く。そうか。これは彼女の、誠実さのあらわれでもあるのか。バックアップを取ったということは言わなきゃ分からないのだから。