「約束だけがつなぎとめている」

「ねえ、俺、ダメかもしれない。約束を破ることになるかもしれない」

弱音を吐いた。友達は「仕事が忙しいんだね」といった。そうなのだろうか? 俺は仕事が忙しいのか? 約束が守れないのは、仕事が忙しいから? きっと違う。俺はそう思った。俺は友達の正しさ、もしくは友達のことを信頼しているけれど違うと思った。あるいは、友達は俺を慰めてくれたのかもしれない。

12月。誰かと何らかの約束を交わすとき、同時に自分自身とも約束をしているのかもしれないと思った。だから、誰かと交わした何らかの約束を破るということは、自分自身をも裏切っているのではないか。そして、気づくのが遅いけれど、どうやら言葉にはせずに自分だけと交わす約束もあるらしい。「約束したから」ときどき自分にいっている。推測になるが、俺は意思の力が十分ではないから自分自身と約束するのではないか。意思の力と約束の力を合わせることで行動につなげているのではないか。
俺は俺のことを嫌っている。あるいは嫌いな部分がある。だけれど、できることなら好きになりたい。自分とは死ぬまで付き合っていくことになるのだから、一生嫌いな自分と一緒にいるよりは、好きな自分といる生涯のほうが良い気がする。
それはもしかしたら幸せのひとつの形かもしれない。自分のことが好きであるということ。きっと幸せなことだと思う。
俺は俺のために約束を交わしているのかもしれない。自分のことをこれ以上嫌いになりたくないから。約束を破ったら、きっと自分のことを今よりも嫌いになるから。これは以前に書いたかもしれない『○○している自分が好き』とは少し違うのではないかと自分では思っている。好きという感情をプラスの値、嫌いという感情をマイナスの値であると考えたときに、約束を守ってもプラスにはならないような気がするから。守ってゼロ、破ればマイナス。

いくつかの約束を果たし、いくつもの約束を破り、いくつかの約束を残したまま、夜の電車に乗っていた。自分は頑張っただろうかと振り返る。俺はできる限りのことをしただろうか。できただろうか。涙があふれた。止まらなくなった。理由を考える。これは自己憐憫の涙だろうか。そうだと思う。早く止まるといい。終着駅につくころ、止まった。居酒屋の店長から電話があった。「みんな集まっていますよ。××さんもいかがですか?」

時計をみる。22時半をすぎていた。ここから店まで歩いて10分くらい。「きっとお邪魔します。けれど、カウントダウンには間に合わないと思います」本当のことをいうと、カウントダウンに参加したくなかった。そういう日もある。理由もある。「ありゃ。残念です」「1時前にはいけると思います」またひとつ、約束が生まれた。あと二時間。一度部屋に戻り、シャワーを浴びる。テレビをつける。コーヒーを淹れる。気持ちを切り替える。大丈夫。鏡をみる。ひどい顔だ。元々ひどい顔だろう。問題ない。ギターを弾く。すべての弦を半音下げて、コバルトブルーを弾いた。ハイコードを、すっかり忘れてしまった。ローコードで弾いた。リフの記憶も曖昧になっていた。だいたいのところをおさえた。何度か弾いた。もしくは、何度も弾いた。エフェクトは化粧みたいなものだろうか。これは、武装だろうか。すっぴんの音を出してみた。相変わらず下手くそだった。二時間。とても気に入っているコートを着た。

夢をみた。仕事中、助手席で横になっているときに。

いつものように階段を下りる。焦げ茶色の、木の扉を開ける。木の扉? 店の入口は木の扉ではないはずだった。知っているお店ではなく、知らないお店があった。あるいは、知らないお店になっていた。炭火で串を焼く店長はいない。彼と雰囲気が似ている、似ているけれど一度もお会いしたことのない人がカウンター席に座る客と話していた。バー? ここはいつからバーになったんだ。いや、元々バーだったのか? カウンターが二列ある、変わったつくり。俺は少し考えてから「間違えました」と頭を下げた。誰からも返事はなかった。階段を上がるところで、もしくはその前の店を出たところで目が覚めた。そんな夢だった。

「今までありがとう」言葉にはせずに、ただ、今までありがとうという気持ちを込めて約束を果たした。それはまた別の話。誰にも話していない約束の話。

俺、約束を守ったよ。

そのひとのことが大切だから。自分と約束したから。大切なひとと約束したから。俺、またひとつ約束を守ることができたよ。

「ライターってどこに売ってるんですか?」「ライター?」「とても大切なライターをなくしたんです。ネットで調べてもらったけれど、全部売り切れで」「じゃあ、今度探しておく。約束」

探しながら無理かもしれないと思った。ライターは渋谷の地下街に。

「約束だけがつなぎとめている」という歌がある。それはきっと、ひととひととの話ではない。そう思った。