「テレビも無ェ、ラジオも無ェ」

Kさんが働くバーに行ったのは18時過ぎだった。「お誕生日おめでとう」CDを渡した。

12月29日、秋葉原で彼に贈るプレゼントを探していた。ものは決まっているが、探し方が悪かった。最初からタワーレコードに行けば良かったのだ。この日は一年の中で最も多く階段を上り下りした日だと思う。
2017年、俺は同じCDを三枚買っている。一枚目はiTunesで自分に、二枚目は兄に。Kさんに贈るのが三枚目となる。「押しつけがましいな」と思ったが、親しく思っている人だから、いま、本当に好きなものを贈ろう。

早い時間だからか、あるいは年末だからか。Kさんの他には俺しかいなかった。彼はブツブツぼやきながら働いていた。
「あー、果物発注するの忘れてた……」
「……」
「ま、いいか」
「!」
「氷も作ってない」
「……」
「ま、いいか」
「ちょ!」
「氷くらいはつくるか……めんどくさい、めんどくさいなあ」
手が痛い、疲れた、帰りたい。Kさんのぼやきは予約客が訪れる20時くらいまで続いた。

「そうだ。珍しい酒があるんですよ」
Kさんが出してくれたのはサントリーオールドの大阪万博モデルだった。
彼は「水割りが良いと思います」と教えてくれた。
「(ロックやストレートでなくて)いいの?」
「この時代の日本のウィスキー、そのまま飲んだら俺はおいしくないと思います。割った方がいいっすよ」
プロに従う。オールドの直後に「こっちもなかなか珍しいです」と出されたウィスキーはラザフォードという銘のスコッチだった。どちらも1970年のもので、どちらも初めて見る瓶だった。

スターバックスのコーヒーリキュールは、よくできている。「ベイリーズは甘すぎる」「カルーアは酸っぱい」そんな人でも、スタバのリキュールならおいしく飲めると思う。
午前4時頃、静かに飲んでいた俺は次の一杯を頼んだ。
「スタバミルクをください」
「あ゛?」
ボウモアをロックで」
「かしこまりました」
ひどい。頼んだ酒が出てこない。
2009/4/30

スタバのリキュール、最近見かけないと思って調べてみると、オークションしか引っ掛からなかった。二倍くらいの値段になっている。
同じ味ではないけれど、もしも色々な酒を飲んでみたい方がいるなら、illyのコーヒーリキュールもおすすめである。こっちはまだ普通に売っているっぽい。

Kさんと話したことで覚えているのは、そのほとんどがお酒に関する話だった。最後の一杯と思い、俺はあの時と同じようにボウモアを頼んだ。彼はロックグラスに酒をそそいだ。ドボドボと。ちょっと待て。
「酒の量をはかるやつあるじゃないですか。三角をふたつくっつけたみたいな。どうして直で……」
「ございません」
「と、とめろ。つぐのを止めろ」
「見てください。横から見ると氷が見えません」
「お、おお」
「上から見ると見えます」
「ステルス……」

会計を頼み、金額を確認する。俺は、思いついたばかりの言葉を彼に使った。

「どんぶった?」
「……どんぶりました」

あまりに、どんぶり勘定すぎる値段だった。お誕生日だからと俺が彼に奢った分や彼が持ってきてくれたビンテージのウィスキー代はどこに消えた……。

以下は、会計を済ませてから数秒の間に何往復か交わされたKさんとのアイコンタクトである。
「じゃあ、帰るね」
「ちょっと待て」
「他にもお客さんがいる。見送りはいいから」
「いいからちょっと待て」
「だからいいってば」
「待てって言ってんだろ!」