違うよ。たぶん、君の話が面白くなかったんだ。

24時間営業の中華料理屋さんで朝ご飯を食べていた。五つ離れたテーブルに三人の客がいる。年齢はどれくらいだろう。二十代後半か。男性二人と女性一人。窓側に座る男女は交際しているらしい。

窓側の彼が言う。「俺は映画をつくりたい。けれど、60億人が良いと思う映画は作れない」

もう一人の彼が言う。「諦めるなよ」窓側の彼は「諦めてないよ。そうじゃなくて」もう一人の彼はその先の話を聞くつもりはないらしい。「諦めた奴の映画なんてみたくねーよ」違う話を始めた。彼の考える芸術の話、作ろうと思って結局作らなかったアプリの話。

諦めていないんだよ。

もしも、どうしても伝えたいことがあるのなら。何を諦めていないのかを話せば良いのだ。俺はそう思った。最初から60億人が良いと思う映画を作るつもりなんて一ミリもない。そう言えば良かったのだと思う。彼が作りたいと思う映画がそうであるか否かは分からないけれど、仮にそうであるならば。

窓側の彼女は途中で帰った。「ごちそうさまでした」と言って。

「たぶん、お前の彼女な、俺たちがずっと話してたから。構ってほしかったんだろうな」

違うと思う。そうかもしれないが、俺は違うと思う。あなたの話があまりに面白くなくて、それで帰ったんじゃないだろうか。

しかし、それもまた違うと考え直す。それは、もしも俺が彼女だったらという想像に基づいた考えであり、彼女がなぜ帰ったのか、知るすべはない。更に、もしも俺が彼女だったら、あまりにも質問したいことが多すぎて、おそらく帰らなかっただろう。それに彼の、あるいは彼らの話を面白いと感じる人だっているだろう。もしかしたら、俺だけが詰まらないと感じただけかもしれないのだ。

あるいは、面倒くさくなったのかもしれない。

それなりの大きな声。会話が聞こえぬよう、俺は音楽を聴き始める。栗山千明のコールドフィンガーガール。