自転車を届けた日曜日、ギターを連れて帰る。

平日に、自転車を盗まれた。

仕事を終えて帰宅し、アパートの前に自転車を停めた。寝て起きて、部屋を出る。階段をおりると自転車がないことに気がついた。ああ、そうか。たぶん、施錠するのを忘れていたのだ。このあたりは予備校が多い。学生か予備校生か、誰かが乗って行ったのだろう。盗難届は出さなかった。どうせ出てこないと諦めたから。

数週間が経った。ポストに、はがきが入っていた。違法駐輪による撤去の通知だった。つまり、盗まれた自転車はどこかで乗り捨てられて、そこが駐輪禁止区域だったからしかるべき保管場所に運ばれたということだ。こんな形で見つかるとは思わなかった。新しい自転車を買ってしまった。どうしよう。

連れて帰ろう。特別な思い入れのある自転車ではなかったが、これまで通勤のために頑張って走ってくれた。問題、というか不安な点がひとつあったが、そのときはそのときだ。俺は自転車の鍵を持っていなかった。最後の一本は盗まれた自転車に差したままである。乗り捨てた人が鍵を抜いたか否かによって、乗って帰るか後輪を持ち上げながら歩いて帰るかが決まる。

盗難届を出していれば、罰金が免除になったらしい。俺は1,000円を支払った。鍵は抜き取られていなかった。

「余っているなら1台売って」「いいよ。でも、お金は要らない」「それじゃあ、ギターと交換だね」

以前、漫画もCDも売ってしまいたいと友達が話していた。「最終的にはこれひとつあればいいようにしたい」パソコンを指しながら。「俺は違いが分からないのだけど、CDとパソコンに入ったファイルでは音の質が違うんじゃないの?」「俺も分からない」「ギターは? ギターは、パソコンに入らないよ」「もう壊れているし、きっと弾くことはないと思う。捨てるかもしれない」「俺が引き取ってもいい?」「いいよ」

休みの日の夕方に、自転車に乗って友達の家を目指した。約束はしていない。もしもいなかったら自転車を置き、ポストに鍵を入れて帰るつもりだった。ひたすら、中山道を走った。埼玉を出る前にビーチサンダルの緒が切れた。それにしても、どうして自転車に乗っているときにビーチサンダルが壊れるのだろう。

方向感覚は、比較的正常だった。狂ったのは距離感覚で、俺は友達の住む町を通り過ぎていた。十条。なんだか、ちょっとおかしいとは思っていた。つまり、彼の家は俺が思っているよりも近いということなのだ。近所ではないが、遠くもないのだ。およそ三時間。右往左往しながらも、友達の家に着くことができた。メールを送ってみた。自転車を届けにきたよ。そんな感じだっただろうか。よく覚えていない。返信はなかった。ガードレールに腰かけてぼんやりしていると、ゴミを捨てるために友達がおりてきた。「やあ」あんまり驚かなかった。友達は俺にそう言った。

「ギターケースは?」「引っ越すときに捨ててしまったかも」

連れて帰ろう。

たまに音が出なくなるという。きっと直る。

直ったよ。また壊れるかもしれない。そのときは、また直せばいいと思う。
俺はきみのギターが好きだから、だから預かっておこうと思う。


工房のスタッフが教えてくれた。「お客様のアベ様は、ここにビスを打ちこんでいたんですよ」「アベさん?」「ミッシェルのアベさんです」そうか、アベさんもここでギターを直したことがあるのか。「もし良かったら、次回」「ありがとうございます。考えておきます」俺がそこにビスを打つことはないと思う。そのビスを必要とするのは、きっと鬼だけだから。

すいみん不足/ギター復活