「富良野を思い浮かべるといい」

怖い夢をみると好きな人はいう。話を聞くと、明らかに怖いものや、何が怖いのかはっきりと説明できないけれど、それはきっと怖いにちがいないと感じるものがあり、どうしたものかと考えた。
夢をみる仕組みにはきっと個人差があって、夢を学問するひとたちがいるくらいだから一筋縄ではいかないのだろう。専門家の知恵や知識が必要なのかもしれない。けれど、風邪をひいたときに水分をたくさんとった方がよいことやなるべくあたたかい格好をしたほうがよいことを俺は知っている。一般的な考えが役に立つことだってあるかもしれない。俺の場合、夢の材料はその日に起きたこと、あるいは前日に起きたことから調達されることが多い。夢は記憶の整理であるという考え方もあるらしい。すべてがそうであるとはもちろんいえないけれど、近い記憶を怖くないものにすれば、もしかしたら怖い夢をみなくて済むかもしれないと思った。

「前にからだが光った話はしたっけ? 俺が高校生のときに、KくんとOくんと俺の三人で富良野に行った。スキーをするために。富良野にはKくんのおばあちゃんが住んでいた。富良野には街灯がほとんどなくてね、夜になれば、そう、完暗状態になって。うん、たしかに。自然界に完暗はないね。とにかく、とても暗くなってね、俺たちは離れのような場所、屋根裏だったかな、そこは一二畳くらいの広さの部屋だったんだけど、その部屋は本当に暗かったんだ。俺らは雑魚寝のような感じで。あるときね、Kくんのからだが光ったんだ。緑色に光った。最初、何が起きたのかわからなかった。だって、普通は光らないでしょう。なんだこれと俺たちは考えた。そしてわかったんだ。おそらく静電気だろうと。冬の富良野ともなれば、だいぶ乾燥している。その状態で、布団とジャージがこすりあって、そこに静電気が発生して、それで光ったのだろうという結論を出した。本当のところ、どうして光ったのかはわかっていないんだけど。とにかく光った。俺たちも試してみたらみんな光ったんだよ。うん。ぼわあという感じではなくぴかっという感じで光った。そうそう、富良野にはレストランがあってね。店の名前は正直村という。いや、お店の人が正直だったのか、正直な料理が出てくるのか、なぜお店の名前が正直村というかはわからない。それでね、正直村の料理なんだけど、どれもおいしくないんだ。ハンバーグを食べたひとは、これは魚肉ハンバーグだろうかと感じた。ラーメンを食べた人は麺がのびているといった。うん、俺だけはおいしかった。俺は焼きそばを頼んだんだ。あとからおばあちゃんに聞くと、カレーはおいしいらしい。けれどそのときカレーを食べた人はいなかった。寝る前に、富良野のことを想像するといいよ。緑色に光るKくんと、正直村のこと。そうすればきっと怖い夢をみないよ」

「昆布人間」

「!?」

「私の中で、Kくんかおばあさんが昆布人間になってしまった。昆布みたいにゆらゆらした人型の存在が、緑色にぼわあと光っていて」「ちょっと待って」

昆布どこから出てきた。一言も話していない。

「昆布人間は出てこないよ」

怖い夢、みずに済んだだろうか。今、名古屋から関東に戻るところである。あとで、電話して聞いてみよう。