あなたもですよ

レポートを作成していたときに、左手に座る親方から「珍しく真剣な顔をしている」と言われた。たまにはと答えた。おおむねヘラヘラしているかニヤニヤしている。俺は「忘れたんですか?」と訊いた。

契約が始まって以来、ずっと親方独りきりで継続してきた牧場がある。一重に親方の力によるものであり、それは凄いことなのだけれど、こうなってしまうと親方以外の人間が頭を張れないという状況になっていて、それはそれで問題がある。たとえば親方が倒れてしまったら。とか。倒れないけど。そういうわけかどういうわけか分からないけれど俺も頭を張れるようになろうということになり、確か先月、二人で挨拶にいった。
複数の牧場を管理する人は、終始にこにこ笑っていたけれど、頭の回転の速さと、おそらくは彼女の中にある正しさが印象的だった。これまで仕事で会ってきた人たちとこの人は、根本的に何かが違う。そんな率直な印象を、車の中で親方に話した。「関係があるかどうか分からんけど、元々警察にいたからかもしれないね」なるほど。

偶然、本社に代表がいた。「折角だから挨拶していきますか?」と彼女に言われ、親方が緊張した表情で肯いた。

担当が増えました。親方が俺を紹介する。俺は挨拶をして名刺を渡す。おそらくは二分に満たないコミュニケーションだった。エレベータの中で彼女が笑った。

「お二人の真剣な表情を、今日はじめて拝見することができました」

たまには。確か、親方はそう答えたと思う。だから俺は「忘れたんですか?」と訊いたのだ。