「殺したくなるような夕暮れの赤」

北海道出張の際、いつもは実家の車を借りているのだが今回は車がないため電車で通勤している。始発待ち。営業所にいてもよいけれど俺は仕事が終わったら退社するようにしている。電車に合わせて仕事をする気力はない。

3月7日(紗南の日であることは十年くらい前にも書いたかもしれない)の午前3時半、会社を出た俺はすすきのにある真大さんの店に行った。午前4時までやっている天ぷら屋さん。ただし、天ぷらがあるとは限らない。店に着いたのはちょうど閉店の時間だった。ご挨拶だけでもと思い扉を引く。キャップ帽をかぶった男性がカウンター席に座り、カラオケを歌っていた。ひとり。

このお店、カラオケあったっけ? 男性が「ん」とこちらをみる。真大さんであると気づくまで数秒を要した。彼は和のイメージが強い。俺のことを思い出してくれた店主はカラオケを停めて「おう、とりあえず歌え」と言った。

カウンターには栓の開いたビール瓶が数本。そのうち二本はまだ中身が残っていた。ちょっと前まで数人のお客さんがいたらしい。「飲みに行こうよ」誘われた彼はひとりカラオケを選んだとのこと。

真大さんが出してくれたビールは最初の一本だけだった。「あとは勝手に飲め」良いのだろうか。良いのだろう。店仕舞いの時間である。長居するつもりはなかったが、帰る気配が一向にない。何度かうながしてはみたけれど、我々は8時過ぎまで歌い、飲んだ。

俺は「ご存知ないかもしれませんが」と断って『迷惑でしょうが』を歌った。彼は知っていた。比較的長渕剛も好きだと聞き『家族』も歌った。どちらも、ほとんど歌わない。真大さんは一緒に歌ってくれた。

「これなんすか?」A4に印刷されたチラシ。カレー? 弟分なのか後輩なのか、分からないけれど、一日この店を貸すと言う。

「火曜日か。たしか休みだったから来ますよ」

「3杯」

「3杯!?」

「そしたら俺7杯でいいべや」

どれくらい客が来るのか真大さんは案じていたらしく、ひとりで10杯食べるつもりだったらしい。

「でも、真大さんの名前、出してほしくないんですよね?」

「うん。何か言われたら通りすがりの者ですと答えろ」

「怪しすぎる」

3杯いけるかどうかは分からないけれど、約束は守るつもりだ。

あれ、誰か誘えばいいんじゃないかと後になって思ったけれど、きっと、俺はひとりで行くのだろう。

ところで、カラオケは今年の1月に導入したらしい。マイクの設定がちょうど良かった。たぶんこれくらいだろう。俺はビールの代金をカウンターに置いた。真大さんは「多いよ」と少しだけ嫌そうな顔をした。

「山岡屋いくぞ」

一緒にラーメンを食べて解散。「つぎはどこに行こうか」と彼が言い、丁重に断ったのは9時半くらいだった。