「孤独の数ほど、飲み屋はあるけれど」

久し振りの大阪出張。月の半分くらいは出張であちこちに行っていることが多いけれど、別段大阪営業所から出入禁止処分を受けたわけでもなく、たまたまである。調べてみると仕事で訪れるのは昨年の七月以来だった。

新大阪駅を出て北に進むと東三国という町がある。歩いて15分から20分くらい。俺の好きなお店はそこにあった。土地勘がなくて、方向音痴で、たまたまみつけたのは何年前だろう。

「たまたま」という言葉を意識的に二回使ったが、偶然と必然の境界線は曖昧で区別が難しい。俺が言っている「たまたま」は、本当に「たまたま」なんだろうか。他には何も混じっていない、純粋な「たまたま」なんてあるのだろうか。

俺よりも少し年上の店長は元役者。話していて面白いし、料理もおいしい。何より、店長が元気だったらという条件付きではあるけれど、俺の仕事が終わった時間帯でも店が開いているということがありがたい。ほとんど、ない。

「あけましておめでとうございます」挨拶すると「声ちっさ!」という応答があった。元気そうで良かった。

「瓶ビールでいいですか?」

「ありがとうございます」

俺が頼む飲み物を覚えてくれていた。他、鳥ムネ肉の石焼きとアボカドわさびも注文した。

「久し振りですね」

「俺、昨年の冬にきていますか?」

話をしているときは、思い出せなかった。

「いいえ、たぶんいらしてないです」

「そっか。たまたまなんですよ」

「仕事、やめたのかなと思っていました」

「一応、まだやっています」

後日、「仕事をやめてもきっときますよ」と話したら「こないでしょ! 大阪」と。どうだろう、分からない。

「俺、間違ったかもしれなくて」

「はい」

「自分のことを『おっちゃん』って言ったら、相手、少し嫌そうな顔をしたんだよね。別に自分をおとしめるつもりはなかったのだけれど」

彼が考えるおっちゃん論を教えてくれた。なるほど、一理ある。年齢をあらわす言葉としてのおっちゃんと、身分を定める言葉としてのおっちゃん。

「率直に、年齢を言った方がよかったかもですね」

「そうだね。気をつけるよ」

「ねえ店長」

「はい」

「スケジュールの兼ね合いで俺は来ていなかったわけだけど、もし、俺が塀の中にいたとしても分からないよね」

「分からないですね。手紙ください」

「手紙か。分かった、書くよ」

「そうしたら僕もお返事書きます。よくない言葉をいっぱい使います」

「墨が入って真っ黒になっちゃうね」

「はい」

「内容を知りたければ出所してから直接話を聞きにこいってことかもしれないな」

会計を払い、俺は「気になるなあ、中身」とつぶやいた。「まだ書いていないです」店長は笑った。