「もしも今日があの日の続きなら」
昨年の11月10日、同級生のIと新橋で会った。同僚のことで相談したいことがあったから。なんだか、ここ数年で周囲の揉め事が増えているような気もする。
「久しぶり」
Iが手を差し出す。握手。我々が会うのはいつぶりだろう。14歳か15歳じゃないだろうか。四半世紀という言葉が身近になった。
相談を終え、同窓会の話をする。俺は、ほとんど同窓会というものに参加したことがない。
「Tも呼んでやろう、同窓会。2月に」
「2月というのは?」
「12月も1月も、バタバタしているかもしれない。3月は3月で年度末だし」
俺は、IとTが忙しいことを知っていた。二人とも、尋常じゃなく働いている。Tの休日は年間5日か6日だったらしい、後で聞いた。止めるつもりはないけれど、どうかしてる。
北海道を出た人たちで集まろうという話は何度か挙がっていたのだけれど、どれも立ち消えというか、実現には至らなかった。今度は俺がやる、俺が声を掛けるよ。そう言った。
1月の中旬に候補日をあげた。平日と土日。運が良かったのだろう。二人とも空いている日があった。俺は、休日申請を出した。
17時45分、集合。場所は都内。我々は約束を交わした。
◇
2月13日、同窓会当日。17時20分にTから「今新宿を出た」という連絡があった。
「時間通りだね」と返すと「たぶん間に合わない、すまぬ」と。問題ない。おそらくIも時間と戦っているはずだ。聞かなくても分かる。ややあってIからも連絡があった。「どうやっても間に合わない!! ごめん!!!」問題ない、想定内だ。
少々の無理を通さないと集まることさえできないことは分かっていた。
ここからTとIのデッドヒートが始まる。おそらく、二人ともタクシーに乗っている。
「タクシーの運転手に急ぐよう言う」
「それはやめろw」
お店にはもう連絡してある。二人ともゆっくりおいで。
無事集合、我々の同窓会は18時半くらいに始まった。
◇
昔の話はあんまりしなかった。なんというか、同級生という関係は、環境にすぎない。共有は関係で完結している。範囲を話題にまで拡張する必要はないと考えていた。Tが前職(前々職かな?)の話をしてくれた。
「売れるまで帰ってくるなっていう会社でさ」
「うん」
「夜になると、飛び込むところがなくなってくるんだ」
「うん」
「23時をすぎたあたりから、本当に行くところがなくなって」
「うん」
「セイコーマートに行った」
セイコーマートとは、北海道が誇るコンビニである。Tは笑って話していたけれど、コンビニの、おそらくはアルバイトスタッフに飛び込み営業を掛けるエピソードは壮絶というより他にない。
「そうしたら、オーナーの方が店の上に住んでいて」
「うんうん」
「警察を呼ぶ騒ぎにもなりかけたんだけど」
「うん」
「売れたんだ、防犯カメラ」
話を聞いている俺は、きっと少しだけぼんやりしていた。今なら「君みたいな営業さんが来るんだ。必要だね、防犯カメラ」と返したのに。
ホテルを取っていたTと別れ、Iと共に電車に乗る。
「ねえ」
「うん」
「俺たちの乗っている電車、逆だね」
Iが俺の腕をぱしんと叩いた。おかしかった。俺が間違うならまだしも、こんなにしっかりしているIが間違えるなんて。少し、飲みすぎたのかな。ほとんど二人で八合くらい日本酒を飲んだものね。
「恵比寿から帰ろうか」
「そうだね」
「君の仕事は、本当に凄いと思っている」
「確率の話だよ」
俺はきっと「同級生の中に君のような仕事をしている人がいるなんて凄い」ということが言いたかったのだ。それに対し、彼は「俺たちの同級生は400人くらいいる。そりゃいるさ」と応えたのだろう。
二人と別れた俺は埼玉を目指す。
ご飯を食べて帰ろう。西口の吉野家に寄った。
座っているお客さんをちらっとみた俺は桜さんの持っているリュックサックと似ているなあと思った。離れて座る。トイレから出てきた男性に声を掛けられた。俺の知っている二人だった。
桜さんは「すみません」と店の人に声を掛ける。お茶とお水のおかわりを頼んでいた。会計を済ませた俺は彼女に言う。
「良かった。定食のおかわりだったらどうしようかと不安になった」
「頼みませんよ」と彼女は笑う。そして「食べられますけどね」と続けた。