「いったい誰が知っているの? いったい何が教えてくれるの?」

俺のことを「○○ちゃん」と呼ぶ人は限られている。そのうちの一人から電話があった。勤務中、原則として仕事以外の電話には出ないのだけれど、彼からの連絡はそう多くなかった。
「○○ちゃん?」
呼ばれて、少しだけ懐かしい気持ちになった。
「何かあった?」
「××くん、うちの会社に来ているよ」
最初、俺は聞き取ることができなかった。あるいは聞こえていたけれど、彼が××の名前を口にすることを想定していなくて、認識できなかった。聞き直した。
「××くん」
「まじか」
××は元同僚だ。そうか、友達の会社を受けたのか。どれくらいの頻度で発生する偶然なのだろう。友達が代表を務める会社は、まったくの別業種だった、友達は、今回の偶然を面白いと感じたのだろう、だから、俺に電話をくれた。
「今、目の前にいる」
正解か不正解かを別として、俺は自分が正しいと思うことを選択している。試験と同じで、わざとは間違えない。どうするべきか? 話しながら考えていたけれど分からなかった。どうすれば良いのか、判断できなかった。
電話の向こうにいる友達のことを思う。そして、友達の向かい側に座っている元同僚のことを思う。だけれど、それはきっと一瞬だった。それ以上に、二人の家族のことを考えていた。
余計なことをしたくない。邪魔を、したくない。俺は、俺の一言に対して責任を取ることができない。だけれど、だったら、沈黙すれば良いのだろうか。沈黙が正しいのか?

それもたぶん、違う。

きっと俺の異変に気付いた友達に言う。
「話したいことがある。けれど、時間がほしい。かけ直す」
通話時間は1分くらいだった。今、携帯電話を確認して驚いた。1分しか話していないのか。5分後に、友達からもう一度着信があった。

「席をはずした」

友達は勘が鋭いけれど、それ以上に、俺の挙動がよほどおかしかったのだろう。

××が会社を去ることになった理由を、友達に話した。間違っている。俺は人の邪魔を選んだのだ。こっちも、たぶん間違いだ。

「そう、だったんだね」

××は、俺にとってかわいい後輩の一人だった。俺は友達に続ける。差し出がましいと思った。だけれど話した。彼の優秀なところ、彼と働くうえで気をつけた方がよいところ。時間が足りない。話したいことは沢山あった。

「あとは、きみが判断してほしい」
「分かった。仕事中だよね、ありがとう」

友達との電話が終わった。俺は、電話をしながら汗をかいていただろうか? 覚えていない。