「帰りたくなったとき、さよならは言えるかな」

7月28日の土曜日、天気予報は台風。結果的に、埼玉や東京は直撃を受けなかった。
Kさんが勤めるバーに行く。作ってもらいたいお酒があった。
「今日、お客さん来た?」
「来るわけないでしょう! こんな夜に来る客なんてね、バカっすよ、バカ」
「俺も客‥‥」
一杯のビールを飲み終える頃、バーの扉が開いた。客がきたのだ。
「あの、小学生の子供がいるんですけど大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですけど、バーでよろしければ」
Kさんの応答は、日本語が少しおかしかったと思うのだけれど、彼がどのような言葉を選んだのか忘れてしまった。惜しいことをした。
新たな客が三人、カウンターに座った。男性はマティーニを、女性はジントニックを。子供にはクランベリージュースを。彼が飲みたい酒はグレンリベットの12年らしいが、あいにくの品切れだった。18年とボトラーズはあるけれど、Kさんは強く勧めなかった。
彼らは一杯ずつ飲んで店を出た。
「俺もあんなふうに飲みたい。こういうお店はそういう所だと思う」
俺の意見は黙殺された。

今年の夏、俺が参加した+α/あるふぁきゅん。のリリースイベントをまとめてみた。

2018.05.27 大宮アルシェ 1Fイベントステージ
2018.06.03 ダイバーシティ東京プラザ 2Fフェスティバル広場
2018.06.09 タワーレコード横浜ビブレ店
2018.07.01 ダイバーシティ東京プラザ 2Fフェスティバル広場
2018.07.07 HMVエソラ池袋
2018.07.08 大宮アルシェ 1Fイベントステージ
2018.07.14 タワーレコード梅田NU茶屋町店 6Fイベントスペース
2018.07.21 HMVエソラ池袋
2018.07.22 タワーレコード川崎店
2018.07.29 アリオ橋本 アクアガーデン
2018.08.18 Space emo池袋

29回の内、11回。出勤前に行ったイベントもある。一方、全国ツアーは6都市の内4つ。

2018.06.23 仙台 LIVE HOUSE enn
2018.07.15 大阪 北堀江club vijon
2018.07.16 名古屋 R.A.D
2018.07.28 東京 吉祥寺CLUB SEATA

岡山と福岡のライブは断念した。「行けなくはない、ないが」と悩んだ結果だった。
CDに購入特典があるように、全国ツアーにも特典がついてくる。そして、すべてのライブに参加した人には『中打ち上げ参加券』が配布される。打ち上げ? 打ち上げだと!?

だけれど、なんか違うよな。

打ち上げに参加したいから彼女のライブに行くわけではない。話がそれるかもしれないけど、これは外でお酒を飲む理由にも似ている。家を出れば知り合いは増える。だけれど、俺は友人や知人を求めてお店に行くわけではない。結果が目的ではないというか。ふぁっきゅんのイベントも一緒だった。
ライブ参加者に配られた御朱印帳を、Kさんに見てもらう。マスは6つ。ひとつライブに行くごとに、ふぁっきゅんが拳で印を押す。
「なんですか、この中途半端な奴は。俺が残りふたつ押してあげますよ」
「や、やめろ」
「ちょっと待っていてください」
「やめろー!」
半端でいいんだ。半端がいいとは言わないけれど、半端でいい。

そういうわけで、Kさんにお酒を作ってもらった。「ピンク色のお酒がいい」と言った。何杯目か忘れてしまったけれど「ああ、そういえば」と彼が言う。
「腐りかけの桃があるんですけど、使っても良いですか?」
「熟した桃って言えばいいのに‥‥飲むよ」
「たしかに。今度からはそう言います」

たぶん、嘘だ。

Kさんのお店を訪れる数時間前、俺は吉祥寺にいた。ふぁっきゅんツアーのファイナル。事前の台風情報が凶悪だったせいで、泣く泣く諦めた人もいた。親に止められたり、帰りの飛行機が欠航になるリスクがあったり。本当に、辛かったと思う。
吉祥寺のライブのみ、彼女はバンドの人たちと一緒だった。ギター2本、ベース、ドラム、キーボード、それとマニピュレーター、かな。間違っているかもしれない。ゲストもいた。バイオリニストの石川綾子さん。
ふぁっきゅんの歌が赤い火なら、石川さんの演奏は青い炎だった。分かりにくい、言葉を替える。ふぁっきゅんがラオウなら石川さんはトキだった。少し、分かりやすくなった。
拝啓ドッペルゲンガーの演奏中、バイオリンの弓に張られた毛が切れた。

大阪のライブでは、ゴーストルールを歌う彼女に泣かされたが、東京では天樂にやられた。音楽を聴いていて泣くことはあまりなかったのだが、俺も年をとったのだろうか。
前にも同じ感想を書いているけれど、天樂は特別に好きな歌というわけではない。だけれど、新潟で歌う彼女に、俺は見とれた。透明な基礎。東京の天樂は、ちょっとまだ、なんと言ったら良いのか分からない。後日、本人に感想を伝える機会があった。
「東京では、天樂で泣いちゃいました」
「天樂!?」
聞き返されて、タイトルの読み方を間違えたのだろうかと不安になった、が、そうではなかったらしい。
「なぜか分からないんですけど、評判良いんですよ。私はまだ録画映像を見てなくて」
隣にいたマネージャーの方も同意してくれた。
「良かったよね、天樂」
その後、俺は思いついた言葉を口走っている。それが適した言葉だったのか否か、自信はない。だけれど、本人には言っていないがこうも考えている。神さまは、神懸からない。人だから到達できるのだ。

歌を聴いていて、真ん中にいる人なんだなと感じた。彼女に限らず、ボーカルとはバンドの真ん中にいる人だと俺は思っていた。不十分だったのかもしれない。
ふぁっきゅんは、ライブハウスの真ん中にいた。それは物理的な座標の話ではない。バンドがあって、彼女がいて、客がいるという意味だ。楽器の演奏と客の熱。中心にボーカル。その他の分野においてもセンターという言葉が使われるけれど、同じことだろうか。また、会場の規模が変わっても、俺は同じように感じるだろうか。数千人になっても、数万人になっても。分からない。俺には立てない場所だった。きっと潰されてしまう。そうか、だから。

これが、動機か。