「どこまでも単純だ、ここまでと悟った」

「約束していた時間より少し遅くなってしまうかもしれない」
そんな内容の連絡がAちゃんからあった。お台場からアパートに戻り、目覚ましを掛けて寝る。

ちょっと前の夜に友達が怒っていて、彼がどうして怒っているのか、なんとなく分かった俺は「飲み直そう」と彼に提案した。俺から誘うのはきっと初めてのことだった。彼が怒っていた理由、それはまた別の話である。
少し経ってから仕事を終えたTくんが店に来た。たまたまという感じでもなかった。
「Aと別れたこと、たぶんお二人とも知っていると思うんですが」
うん。知っている。その後、Tくんは別れた理由について話を始めた。所々分かりにくいところがあった。あまり、説明が得意ではないのだろう、そのとき俺はそう感じた。彼の話は、やがてお金のトラブルにシフトする。聞き終えた俺は「本当に?」と言った。「本当です」彼は応えた。「嘘は言ってないよね?」友達も、何度も確認していた。
本当に? 俺とAちゃんは、そんなに親しい間柄ではない。彼女がどういう人なのか、よく知っているわけでもない。彼女が義理堅いことは知っている。後輩のことをとても大切にしていた。
「おかしいでしょ。逆に、ふんだくれるんじゃね?」
友達の意見。なかったことにできないかな、俺はそう考えていた。
「同級生が弁護士やっている。ちょっと相談してみるよ」

翌日、同級生に相談する前に、俺はTくんにいくつか質問した。繰り返すが、話が分かりにくいのだ。ひとつ訊くと、ひとつの答えが返ってくる。俺の理解が正しいのか確認すると、合っている。ちょっとおかしいと思うところがあって更に質問する。先程の俺の理解が不十分であったことが分かる。そんな感じだった。

「というわけなんだけど、君に仕事を頼んだら、いくら掛かる?」

同級生にメッセージを送った。しばらくして返信があった。「○○万くらいかなあ。相談はサービスでいいよー」その後、何度かやりとりをしたけれど、俺と同級生の結論はほぼ一致していた。厳しい。分が悪い。

Tくんだけではなく、友達にも結論を伝えた。

なかったことにはできない、と、すると。同級生に散々相談しておいてなんだけれど、裏でこそこそするのもどうだろうという考えがあった。たぶん、俺の都合なのだ。Aちゃんに連絡した。
「きみと話がしたいんだけど、嫌? 彼は呼ばない」

寝坊しなかった。夜、駅でAちゃんと待ち合わせる。居酒屋で話を聞き、ノートに書き留める。覚悟していたことだけれど、二人の言い分は一致しなかった。どちらかが嘘をついている、もしくは本当のことを言っていない。俺の印象としては、Tくんが怪しい。あそこまで話が分かりにくかったのは、隠したいことがあったからじゃないか? だけれども。
「一方の話だけを信じることはできない。Aちゃんの肩を持つわけにもいかない。俺がデレデレしているだけってなっちゃうし」
彼女は笑う。
「ちょいちょい冗談をはさむの、やめてもらっていいですか」
茶化すつもりはないのだけれど、確かに俺も悪い癖だと思っている。

彼女と別れ、友達に連絡する。
「できることなら、あまり彼女のことを悪く思わないでほしい」
返事はすぐにあった。
「疑ったこと、今度会ったときに謝っておきます」
トラブルは解決していない。何らかの交渉をするつもりは元よりなかったけれど、おそらく俺が望む形では終わらない。難しくて使えない言葉のひとつに「分水嶺」があるのだけれど、Tくんと話していて思い浮かんだ言葉がそれだった。彼には言わなかった。

Aちゃんからは、お礼のメッセージが届いた。俺は少し考えて返事を書いた。

「ふぁっきゅんへの好意が爆発したときに、俺の話を聞いてくれるの、AちゃんとMちゃんくらいなんだよね。それが正々堂々関わろうと思った動機です」

少し、疲れた。恥ずかしくて誰にも言えないからここに書くのだけれど、ちょっと頑張った。