「またたきのその瞬間さえも、途切れないように歌うよ」

三箇月。もう、三箇月も経っているのか。

目指すは松本。高速道路を走っていると右手に雪山が見えてきた。どのあたりだろう、もう、長野に入っているのか。札幌にある実家からも山が見えるけど、夜の山、こんなにくっきりと見えただろうか? 空を見ると月が浮かんでいた。ほとんど真ん丸だったけれど、満月ではないらしい。山の見え方について、後日、埼玉に戻ってから長野生まれの知人に訊いてみた。
「雪に、月の光が反射しているのか?」という見解。なるほど、もしかしたら、彼女の言うとおり夏と冬とでは山の見え方が異なるかもしれない。更に後日、実家に戻る機会があった。やはりというか、山の見え方は違った。あんなふうには見えなかった。

長野の宿はとっていなかった。車で寝るのは馴れている。スーパー銭湯に行こうかとも思ったが、せっかくの、旅行のようなものである、日がのぼったら温泉に入ろう。
松本ICの60キロくらい手前でエンプティランプが点いた。ガス欠のサイン。学習していないというか、反省していないというか。俺は三重で何を学んだのだろう。高速道路でガソリンを入れると単価が高い。ちょこっとだけ入れるか手前で降りるか、もうちょっと頑張るか。
まだ行ける。借りた車にはEVモードという機能が付いていることを後に知る。速度制限があるものの、ガソリンを消費せずに走るモードらしい。凄いなあ。
案の定、松本のガソリンスタンドも閉店しているところが多かった。「営業しているスタンドはありますか?」コンビニの従業員に訊ねてみる。丁寧に教えてくださったのだが、十分な理解には至らなかった。申し訳ない。なんとか、たどり着く。ガソリンを満タンにしてから市街を離れ、駐車場の広いコンビニを探した。
好きな言葉がある。あるいは、好きな言葉があったからこそ、俺は車中泊を選んだのかもしれない。年に二回くらい、言っている気がする。「ここをキャンプ地とする」つぶやく。

朝、枇杷の湯という温泉に行った。風呂は母屋と離れ両方にあり、どちらも良かった。
離れの露天風呂は湯を二箇所から供給する構造になっていた。一箇所は上、もう一箇所は横。
上の方は、パイプで引かれた湯が小岩の滑り台を伝って湯船に到着する。流れている分、外気に触れている時間が長くて、ぬるい。触って確かめた。
横の方は湯船の縁にあるひとつの石が細工されていて、そこから湯が湧き出ている。こちら側のパイプは見えなかった。たぶん、中に隠しているのだろう。流れていない分、温度が高い。
上の湯を12時の方向とした場合、横の湯は3時の方向である。ここから先は確かめていないのだが、おそらく3時の方向ではあつい湯、9時の方向ではぬるめの湯が楽しめるのではないだろうか。どんな人がつくったんだろうな。考えながら浸かっていた。母屋には数人の客がいたけれど、離れには俺しかいなかった。
広々とした休憩スペースもあったのだが、ここで仮眠をとると寝過ごしてしまうかもしれない。俺は車に乗って駅前に向かった。

ふぁっきゅんのライブは、前の方にいても押し潰されるおそれがない。また、譲り合いも発生している。ワンマンライブではないから、色々な方々が出演する。長野では客同士の声掛けもあった。「次に出るの○○ですけど、前で見たい方はいませんか?」というふうに。そうして出演者が替わるごとに前衛の客と後衛の客も交替していた。
俺がよく行っていたライブハウスでも客の入れ替わりはあった。けれど、それは自然に起こるものだったし、どちらかというと、順番が逆だった。つまり、前に移動したい人がいるから後ろに下がる人がいるのではなく、後ろに下がる人が先にいるという意味だ。
「前で見る?」真似をしたつもりはないのだけれど、俺も何人かの客に譲った。何度も書いていることだが、とにかく客層が若い。中には小学生に見える人もいる。そんな彼らが、縦にも横にも大きな俺の後ろにいては、ふぁっきゅんのことがよく見えないだろうと思ったのだ。

彼女が勘違いしていたのか、スタッフが間違えたのか。真相は不明であるが、MCとは異なる前奏が流れる場面があった。ステージの中断はない。きっと、一瞬で切り替えたのだろう。歌が終わってから、彼女は「済みません、曲順、間違って覚えていました」といった内容の話を客に伝えた。

これまで、これから、いったい何人の子供たちが彼女の歌を聴くのか、歌っている姿を見るのか、俺には分からない。だけれど、きっとその中には五年後、十年後に自らステージに上がって歌う人がいるのだろうと思う。ふぁっきゅんが音楽をつなげていくことに興味を持っているかどうかも分からない。しかし、彼女がどのように思っていたところで、彼女の音楽はつながっていくのだろうと思う。俺はいつまで音楽を聴いていられるだろう。自信はないけれど、もう少しだけ歌う彼女を見ていたいと思う。

物販にふぁっきゅんがいた。前日の新潟でTシャツを買っているので、長野ではTシャツの形をしたキーホルダーを買った。小銭を切らしていた俺はお札を出した。それが千円札だったかそれ以上の紙幣だったのか、覚えていないのだが、お釣りが足りなかった。スタッフの方が釣り銭を用意している間、俺は狼狽した。マネージャーの方だろうか? 彼女の隣にいた男性が「長い時間、お話できて良いですね」と助け船を出してくれた。俺は更にうろたえた。三分も四分も話すことになるなんて想定していなかった。その間、自分が話した内容を思い返すと、今でも「うわあ、もう駄目だ」という気持ちになる。やり直したい。本当にやり直したい。「失敗した失敗した‥‥」という言葉を引用したいほどに、余計なことばかり話していた。彼女がしてくれたのは、星の話と車が走るスピードの話。言い訳になるが、俺は緊張していた。それはもう、本当に緊張していたのだ。

「長野は星が綺麗」
「虫?」
「星(怒」

ひ、ひい。