「え、二人じゃなくて三人でという意味ですか?」「うん。二人でも四人でもない。三人」

俺は友達と話していて「事実」という言葉を使うときがある。何度か、あるいは、何度も。
そのたびに、引っ掛かる。俺は、正しい意味で使っているのだろうか? 辞書をひいてみる。正しいような、誤っているような。だからといって、たとえば「出来事」という言葉に替えたところで、引っ掛かりは残るだろう。

事実ではない。事実とは異なる。俺は、そう言うべきじゃないのかもしれない。

本意ではない。不本意である。こっちか?

喫煙所で、後輩のHに言われた。「彼女と別れようと思います。どっちもイライラしちゃって」「クリスマスは? お休みだったでしょう」「それがですね――」

「よし、Mさんに相談だ」「嫌です」「どうして?」「あの人は、嫌です……」「君たち、仲がよいのに。分かった。言わない」

明け方、「お酒が飲みたい」とHを誘った。24時間営業の居酒屋に行き、二人でビールと熱燗を飲んだ。Hは、二人で飲むのは初めてですねと笑った。そうだね、そうかもしれない。午前7時くらいだろうか、Mさん、I、T、Kの4人が店に来た。俺は手を振った。応えてくれた。彼らは離れたテーブルに座った。

俺はHのことをよく知らない。彼と一緒に仕事をするようになって一年くらい。俺が知っているのは職場での一年間だけで、それは彼のごく一部にすぎないだろう。知っているとは言えない。そして、それ以上に彼の恋人のことを知らない。全く知らない。だから「どういう人なの?」と訊いた。別れようと思っていることに対して、彼は俺に意見を求めていないかもしれない。だけれど、きっと俺は意見したかったのだ。彼女のことをどう思っているかについては訊かなかった。彼が彼女をどのような人だと思っているか、訊いた。

話を聞いて、俺は思ったことを口にした。「君の恋人にお会いしたいんだけど、嫌がるかな」「あー、どうでしょう。でも、全然連絡していなくて、今は誘える状況じゃないんですよ」「じゃあ、誘える状況になったら訊いてみて。俺、○日と○日が休みだから」彼は、少し困った顔をした。俺は続ける。「君はね――」

その頃、同僚の4人が隣のテーブルに移動してきた。6人で乾杯する。仕事のこと、同僚のこと、かつて俺が会社をやめようと思ったときにMさんが引き留めなかったことについて話した。最後の話をしたのはMさんである。

「Mさん、あのとき引き留めてくれてありがとう」「引き留めてねーし」

後日、職場で「珍しい組み合わせでしたね」とMさんに言われた。
「Hに合コンしたいって相談したんだ」Mさんが笑う。

「あいつ、すげー頑張ると思いますよ」「そうかな」

三人で会うためには、Hは彼女と話さなくてはならない。二人は話し合った方がいい。それが話を聞いた後の、俺の意見だった。